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満渕研究室レポ

学生たちで賑わう、東京大学駒場キャンパス。その喧噪から少し離れたところに、満渕研究室はある。研究室が入っている建物の脇には柳の木。建物の灰色が、閑静な雰囲気をいっそう静かなものにしていた。建物の内部に入ると、研究室入り口のドアを塞ぐように長方形の板がたてかけてある。何のためかと聞けば、研究の被験者になってくれているラット君たちの脱走防止だそうだ。満渕研究室では今、その名も「ラットカー(Rat Car)」なる研究が進められている。



神経の情報伝達の仕組み

 研究の説明に入る前に、生体における神経・脳そして各器官の情報伝達のしくみを知っておく必要がある。通常、ヒトやラットが皮膚で感じた情報は、まず感覚神経を通って大脳でキャッチされる。そのときに、大脳のとある部分(感覚中枢)が最初にこれを受け取り、大脳の別の部分(運動中枢)にシグナルを出す。結果、運動中枢は脊髄に、脊髄は末端の神経にと、いずれも運動神経を介してシグナルを伝えるようになっている。この反応経路のうち「ラットカー」の研究班が着目したのは、運動中枢が運動神経に発する部分のシグナルである。

「ラットカー」実験手順

 では実際に、満渕研究室がどのような実験を行っているのか見てみよう。

 ラットカーには二つのタイプがある。1つはラットが後肢を動かそうとするシグナルを使うもので、もう1つは前肢を動かそうとするシグナルに注目するタイプだ。

 ラットカー1の実験では、ラットの運動中枢(後肢の筋肉の動きをつかさどる領域)に4~16個の電極を刺して電気的シグナルを取り出し、コンピュータに記録する。すると、安静時と肢を動かす(歩く)ときとでは明らかに異なるシグナルが出されており、また歩くスピードによってもそれは変化することが分かる。実験では、それらシグナルの変化が観測されるとすぐにモーターが動き、ラットの乗せられた台車が前進する、という仕組みになっている。ちなみに、ラットの後肢は車体からはみだしている。正確に言えば、肢を床につきはしないが自由に動かせる、つまりやっと床に触れる程度の宙ぶらりん状態という絶妙な高さに保ち、ラット自身は普通に「足で歩いている」感覚でいられるように工夫しているのだ。

 一方、ラットカー2は、上記のラットカー1のような“自分で歩こう”とする意図ではなく、“車を動かそう”という意図を明らかにしようと考えた研究メンバーが開発し始めた。こちらはよく知られた「動物の学習機能」を利用している。この車にはラットの前肢の届く位置にレバーがついている。まず、固定された車体の中にラットを入れ、レバーを押すたびにミルクを与えて「レバー押す→ミルク」を学習・記憶させる。次に、ミルクをラットの入った台車から少し離れた前方に置く。ミルクが欲しいラットは先ほどの記憶をたどってレバーを押す。このレバーに台車を動かすモーターを接続しておけば、やがてラットは車を“運転”して、ミルクに到達することが出来るようになる。

 ここで再び、レバーを「押しているとき」「押していないとき」でシグナルがどのように違うのかを記録するため、ラットは頭に電極をセットされる。今回は、レバーを押すときに使っている前肢の筋肉の運動を司る領域がターゲットである。これらをラットカー1の時と同様に記録する。この実験の利点は、レバーを押すという行為が単純であるため、それに対応するシグナルがどれであるか、解釈しやすいことである。

 最後に、レバーと車のモーターの接続を切り、代わりにコンピュータを介してラットの電極を車のモーターに直接接続する。そうすると、前方にミルクを見たラットはレバーを押し台車は前進するのだが、ラットの意とは違い(?)、車を動かす元になっているのは「レバー」ではない。ラットの頭に刺された電極がキャッチしコンピュータが解析した、「レバーを押せ」というシグナルである。

 ここで、車が動くまでの情報伝達のしくみを、ラットカー2の場合を例にとって示してみる(ラットカー1でも原理は同じだが)と、

第一段階
 脳内の「レバー押せ」シグナル→前肢筋肉→レバーが下がる→モーター
第二段階
 脳内の「レバー押せ」シグナル→電極→コンピュータ→モーター

 からだ(前肢)を使った機械の操作が、頭脳で“考える”こと、つまり頭のみを使った機械操作に、ラットの気づかないうちにシフトされているのである。このように、頭の中でイメージするだけで現実世界で何かが起こるというのが、この実験のポイントである。

実験での注意項目

 電極で計測している電位変化は上で説明した“活動電位”そのものではなく、活動電位の発生に付随して起こる、神経細胞周辺の微小な電位変化である。(活動電位を計測するためには神経細胞自身に電極をささなければならず、このショックで細胞がやがて死んでしまうのだ)そのためわずかなノイズにも計測結果は左右され、正確なデータを得るために様々な工夫がなされている。例えば、ラットカー2では、モーターを台車が走る滑走路の下の磁石を動かすよう設置。直接台車につけるとモーターの振動が邪魔になるからである。他にも、マウスの餌に硬いものを与えると咀嚼時の振動が計測を妨害するためミルクを与えている。

補足 研究室の課題

 満渕研で特に力を注いでいるのが電極の開発である。取り外しの際に脳を損傷しないことは重要であるが、その実現には試行錯誤の積み重ねがあったという。現在はさらなる損傷の軽減を目指してより細く糸のような形状に近づけたものや、柔らかい素材で出来ており中にチューブを通し、薬品を流し込むことのできるものの研究・開発を進めている。さらに、電極数を増やしてより細かなシグナルを得ること、電極を介した感染症の阻止、ラットの個体間にあるシグナルの差をいかに読み取っていくかなど課題は尽きないが、この技術の発展は福祉機器への応用(現在実用化されている人工内耳では22のチャネルでシグナルを脳に送っている)や、“生体と機械システムをつなげると何が起こるのか”というより根本的な問いへの答えも示してくれる。まさに今後が期待される研究である。実際にラットが“運転”しているところが見られなかったのが残念であった。

文責 徳田周子

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