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ナンセンス突然変異でできた終止コドンを読み飛ばす(リードスルー)

まず、DNA上の情報(遺伝子)からたんぱく質が合成される過程を説明したい。たんぱく質の合成は、細胞の核外で行われる。したがって細胞の核内にしか存在しないDNAの情報を、核の外に持ち出す運び屋が必要となる。その運び屋がメッセンジャーRNA(mRNA)である。DNAの情報をmRNAに写すことを「転写」と言う。そして、核外に移動したmRNAの情報からたんぱく質が合成されるのだ。この過程を「翻訳」という。

mRNAはこの翻訳の作業をどこで終わらせるかについての情報も持っていて、終止コドンというその情報が翻訳されると、その時点で翻訳作業は終了となる。終止コドン以降のmRNAの情報は翻訳されないので、もし突然変異により遺伝子上の情報が変化してmRNAの必要な情報の途中に終止コドンができてしまうと、翻訳が途中で終了してしまう。すると、本来合成されるはずのたんぱく質が途中で切れたような、小さいたんぱく質ができる。これがナンセンス突然変異と呼ばれるもので、筋ジストロフィーをはじめ多くの遺伝病の原因のうち5〜15%を占めている。この本来よりも小さいたんぱく質はほとんどの場合正常に機能しないので、この突然変異がもし重要な遺伝子に起きてしまうと、筋ジストロフィーのような病気になってしまう恐れがある。

もしこのナンセンス突然変異による終止コドンを無視できたら…。もしこの終止コドンを読み飛ばす(リードスルー Read Through)ことができれば、翻訳の作業は途中で終わらずに最後まで正常に終了する。これを使えば、筋ジストロフィーについてもこのナンセンス突然変異が原因で発症した場合であれば、正常に合成されなくなったたんぱく質が正常に合成されるようになり、治療できるはずである。松田先生はこの点に注目し、薬でこの終止コドンを読み飛ばす(リードスルー)ことができるようにしようと考えた。

マウスにも人間と同じように筋ジストロフィーを患うケースがあり、そのマウスをmdxマウスと言う。(最初はイギリスのバーミンガムで発見された)。松田先生はこのmdxマウスを使って筋ジストロフィーの終止コドンを読み飛ばす薬物をつくることを主な研究としている。ここに、我々もそのマウスを見せていただいた(写真)マウスの場合、筋ジストロフィーであっても実験室内ではその生存にほとんど影響がないそうだ。実際、mdxマウスはケースの中を活発に動いていた。不思議である。


(マウスの写真)

インクジェットプリンタを使った新しい研究法の開発

松田先生は、ある細胞がどのようにして筋肉の細胞に変化するのかをインクジェットプリンタを用いて効果的に調べる方法を開発しようと取り組んでいる。

まだどんな細胞になるか決まっていない細胞のことを未分化の細胞、この未分化の細胞がそれぞれ筋細胞や神経細胞、皮膚の細胞に変化することを分化というのだが、未分化の細胞が筋肉の細胞に変化する(細胞が筋肉細胞に分化する)仕組みは解明が進んでおり、この分野は細胞の分化に関する先駆的な分野となっている。

筋肉は、筋肉にある衛星細胞(どんな細胞にでも分化できる幹細胞の一種)と呼ばれる未分化の細胞が様々な成長因子という物質により活性化されて筋細胞へと分化する。この成長因子を操作することで衛星細胞の筋細胞への分化の促進ができれば、筋肉の再生能力を高め、筋ジストロフィーの有効な治療法となるだろう。筋細胞への分化を促進することは筋肉の再生能力を高めることになるので、筋ジストロフィーの治療に有効だと考えられるのだ。しかし、どのような成長因子をどのような濃度で組み合わせて加えると筋細胞への分化が促進されるのかはまだわかっていない。それは、生体内には数百種の成長因子があり、その組合せと濃度を変えることで作用が変わってしまうのだが、実験で扱える成長因子は一度に1、2種類である。100種類を超える多数の成長因子では組み合わせが多すぎて人間が実験で扱うのは極めて困難となってしまう。

そこで、松田先生はインクジェットプリンタを利用することを考えた。インクジェットプリンタとは、インクの微細な粒子を紙に吹き付けることにより印刷を行なうプリンタであり、インクジェットプリンタなら数多くの成長因子を様々な濃度で打ち分け、組合せることが可能となる。松田先生はプリンタ製造大手のCanonと協力してインクジェットプリンタを改良して利用する新しい研究手法の開発に取り組んでいる。もしこの方法が確立されれば、数種類の物質の濃度の組み合わせることが容易にできるようになるため、個人個人に合わせたオーダーメイド医療が可能になると松田先生は考えている。

(以下、余談)

このとき、松田先生はインクの安全性について話をしてくださった。インクは人の肌に触れるものであるから非常に安全に気をつけて作られており、非常に毒性が低いため培養液にインクを混ぜても細胞を培養できるのだそうだ。日常よく目にするプリント類のインクであるが、そこまで安全性に注意して作られていることは驚きである。

松田先生の研究に対する考え

最後に、松田先生はこうおっしゃっていた。「やれと言われてできないものをやるのが面白い。お金がかかる研究はお金をかければできるが、お金をかけようがかけまいが、できないものをやるのが面白いんだ。」また、「昔は競争が少なくて何もしないという事態があったようだが、最近は競争も増えて研究も促進されて良い。ただ研究費を取れる研究をしないと研究費が出なくて費用の獲得が大変だけどね。」ともおっしゃっていた。

また松田先生は、1984年に20人程度のとあるミーティングで、後に筋ジストロフィーの原因となる遺伝子の欠失を発見した生物学者クンケルに会ったそうだ。「クンケルはそのミーティングで、筋ジストロフィー患者に欠失している遺伝子を決定するという自身の夢を語った。」と松田先生はおっしゃっていた。さらに「日本の研究者は夢を語ろうにも語れない。人の前で夢を語るというのは、日本人は苦手。逆に日本では研究者がミーティングなどで一見実現しそうにない夢を語ると『頭を冷やせ』と言われる。しかし、アメリカはその点では懐が深く『やってみろ』ということになりやすい。そこがアメリカのいいところだ。」とおっしゃっていた。実際、クンケルは1984年から数年間アメリカの筋ジストロフィー協会から毎年研究費を得て、ついに患者に欠失している遺伝子からジストロフィンというたんぱく質ができるという事実を突き止めたのだ。日本の研究に対する支援の姿勢を考え直す必要があるかもしれない。

文責:平山 佳代子

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