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7 四人称? SSS

櫻井もし僕の思い出話みたいになってしまったら申し訳ないんですけれども、ここからは四人称の話をしたくて、その前フリとして海外生活のことをお聞きしたいんです。瀬名さんがアメリカに行ってらしたのはどのくらいのときなんですか?
瀬名僕は中学一年生のときから一年間です。暮らしたのはそれだけです。
櫻井僕は小学校三年生のときから六年生いっぱいまでの三年半、イギリスに住んでいたんです。
瀬名イギリスのどちらですか?
櫻井ロンドンに住んでいました。ロンドンの北西部のほうに住んでいたんですけれど、そのときにものすごく英語の覚えが悪かったんです。僕が最初まったく理解できなかったのが、人称代名詞の概念でした。日本語だとあまり意識せずに済んでいたんですよね、人称代名詞って。それを改めて意識させられたとき、僕は「代名詞とは名詞の代わりになるものだから、一対一で対応している」と思っていたんですよ。つまり、Fatherっていう言葉があったときに、Fatherっていうのは一人称二人称三人称どれで代替されるのだろうか、という疑問が出てきたんです。名詞と代名詞は、常にone to oneで対応していると思っていたので。
瀬名例えば、Aという単語があったらAは必ず三人称代名詞で代替されると考えていた、ということですか?
櫻井そうです。
瀬名なるほど。
櫻井例えばFatherっていう事物があったときに、Fatherがもちろん発話者であれば一人称になるし、Fatherに向かってしゃべりかければ二人称になるし、Fatherは一般的に書かれれば三人称のHeになるわけだけれども、僕はその……
瀬名立場によって自分(Father)との関わりが違うわけだけれどもFatherにはFatherの何か特定の代名詞があると考えていたわけですね。
櫻井そうです。固有の、例えば男性名詞・女性名詞的なものがあるはずだと考えていました。要するにFatherという名詞は、そもそも一人称なんだというイメージだったんですよ。代名詞というのはそういうものなのかな、と思っていて。それでその概念を把握していく過程で、今度は逆にじゃあ四人称って何でないのかな、という疑問も出てきて。一人称二人称三人称っていうのは当時複数形って概念とごっちゃになっていました。「ひとりしょう」って書くじゃないですか。だからひとり、ふたりという意味合いなのかなと思っていたんです。
瀬名四人いたら四人称になるのかという問題ですね。
櫻井そもそもそれはプライオリティーの問題で、第一義的に私がいて、第二義的にあなたがいて、それ以外は第三義的な世界として処理してしまいましょうというのが、三人称的な世界ですよね。でもそれがあまりにもピンときていなかったので「四人称はなぜないのか」ということがわからなかったんです。マルティン・ブーバーという人が書いた本の中で、「我と汝」という本があるんですが、わたしというものがいたとき、世界の認識方法は《われーなんじ》か《われーそれ》という二つしかなくて、認識はその二つの関係性において成り立っているという話なんです。それは当時の僕の認識でいうと、スカラ量ではなくてベクトルで考えようということでした。「私がいてあなたがいて彼がいる」ということではなくて、「私からあなたに伸びてるこのベクトルという世界の認識方法」と「私からあなたに伸びているベクトル以外の事物に伸びているベクトル」というような。この「認識の方法には二つしかない」という考えを知ったとき、自分が人称代名詞の世界がわかった日に立ち返って考えてみて、英語で考えているから認識方法がその二種類しかないんじゃないかなと、若干トートロジカルな感じがしたんです。
瀬名そもそも日本語で、彼や彼女という代名詞って本当は使わないですからね。
櫻井僕も九歳まで日本で生活していましたが、そういうこと(人称代名詞)をあまり認識しませんでした。
瀬名子供のときは特にないですものね。
櫻井そうですね。だから「私やあなたは代名詞に入るんだ」という、私とあなたって言葉にしてもそういうような引き出しに入ってないような気がしたんですよ。先ほどのカツオノエボシと関連して考えていたのが、アイヌ語には四人称っていうものがあるらしいということなんです。
瀬名それは初めて聞いたんですが、それは何かの本に書いてあるんですか?
櫻井アイヌ語の方言についてひたすら調べたときに知ったんです。いくつかの部族でも違うんですが、一部の部族、名前は忘れてしまったんですけれども、ナントカ地方という谷間に住んでる人たちの部族にある、特定の概念なんです。不定人称格というような名前で呼ばれるらしいんですけれども、それを別名四人称と呼ぶそうです。
瀬名不定人称格……誰のものとも知れない人称ということですか?
櫻井そうです。どうもその説明を読む限りだと、一人称複数と三人称複数を併せ持った概念らしいんですよ。不定人称格には四つ説明があって、それがとても面倒くさいんですけれども、そのうちの一番わかりやすいものは、一人称複数と三人称複数を合わせてひとつの格、四人称格っていうのに入れているという考えなんです。これは完全に僕の想像ですけど、多分カムイの概念とかがそこに入ってくるのかなという感じがしたんですね。カムイはアイヌ現地語の神です。熊は神であり、熊を食べると我々もその一部だとか書いてあるんですけど、読んでもよくわからないんですね、その神話の感覚は。でもそれがわからないのは、僕らが三人称で考えてるからで、四人称的に考えればそれは何の問題もなく受け入れられることなのかもしれないです。四人称に属する領域における、我々であり彼らであるところのもの、という感じなのかな、と漠然と考えていました。
瀬名一体感ともまた違いますよね。
櫻井そうですね、もしかしたら。
瀬名「一体なんだろうけど一体でもない」という感覚も少し残っているわけですよね、そういう意味では。
櫻井一体ではない感覚というのは残っていると思うんですよ。要するに、一人称複数と三人称複数が関係していますから。
瀬名そうですよね、三人称もあるわけだからね。
櫻井あります。だからそれとは違う、先ほど瀬名さんがおっしゃったように別階層で出てくるんじゃないかということがありますね。文法書に書いてあることは、意識としては三人称世界に属するような人に対する説明かもわからないんですから。
瀬名あるいは、ときどきシンクロナイズするとかね。
櫻井そうかもしれませんね。
瀬名四人称って結構おもしろいですね。あと、人称で言うとインドの文学なんかにも特殊な人称があるという話は聞いたことがあるんです。僕はよく知らないのでここではあまり詳しい話は言えませんが。そういうものが、ひょっとしたら電脳世界が存在する時代には結構出てくるかもしれませんね。現在、それを我々はもう描写しにくくなっていると思うんです。特にアニメだと、視覚というものに非常に縛られてしまうので。先ほど書いた「デカルトの密室」の図もそうですけれども、階層という話もまた結構難しいです。「第九の日」という今度出る本は、色々なものにロボットがあやつられているんだけれども、実は動物たちにも繋がっているユビキタス・コンピュータみたいなものが町にあって、それがおかしくなって、ロボット同士が殺し合っているんですけれど、実はそこにも原因はないかもしれない。ひょっとしたらそのユビキタス・コンピュータが観測していた大自然の観測データそのものがそういうことを引き起こしていたのかもしれない。でもそうとも判断できなくて、ひょっとしたらその大自然をあやつっている神様とかもいるかもしれないし、どんどん上のほうに行ってしまうと、何処に原因があるのかわからない。つまり、あやつってるものは何かあるんだけれども、その正体は結局拡散してってよくわからない。そういうようなことを書いたんですね。
櫻井思い返してみれば、「スタンド・アローン・コンプレックス」というもの自体が、実はそういうことを意識しているものなんです。
瀬名「スタンド・アローン」と「コンプレックス」ですね。
櫻井そうです。個別であるという意味のスタンド・アローンと、複合体であるもののコンプレックスということで、そこの中での個々たる人間というものを介してコンプレックスというものを構成したときに、それはどういう意識になるんだろうか、あるいはどういうような事象が起こってくるのだろうか、といったことが、そもそも「STAND ALONE COMPLEX」の出発点だったんですね。
瀬名今度の新作「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX Solid State Society」でもそういった話が出てくるんですか? ちょっと新作の話を訊いちゃいますけど。
櫻井ありがとうございます。そうですね、神山監督に今日どの程度「Solid State Society」について話しましょうかと訊いたところ、基本的にそういうものを作っているというだけで、何もしゃべるなと言われてきたんです(笑)。
瀬名ネットにアップしなければいいじゃないですか(笑)。今度の脚本は櫻井さんなんですか?
櫻井そうですね、神山監督と須賀正太郎さんという方と、あと僕の三人で書いています。四つのパートに分けて書いたりしていて、それを交互に交換しながらやり取りしているんですけれども、そういうやりかた自体も若干「STAND ALONE COMPLEX」に似ていますね。僕が判断して言えることはこれだけなんですけれども、テーマの、要するに「STAND ALONE COMPLEX」という題名を冠するだけの、スタンド・アローン・コンプレックスぶりは、作品の中で見せています。テーマとしてスタンド・アローン・コンプレックスであるということはどういうことなのかといったことは2ndG.I.G.の時にも難民問題で扱っていたんですけれど、今回も別の題材で、スタンド・アローンとコンプレックスというのはどういうことなのかということを扱っています。
瀬名ただ、スタンド・アローン・コンプレックスという言葉は、先ほどお話したときも、クラゲの例が出たように、何処までがスタンド・アローンと考えるかということと、何処までをコンプレックスと考えるかというこの二つのやり方によって、かなり色々な組み合わせができると思うんですよね。スタンド・アローンと考えるというのが、かなり主観が入るようなところがあるわけで、その主観がコンプレックスの群としてのあり方にかなり影響を与えるものなのか、あるいは与えないものなのかという、そういうところも結構おもしろいです。ひとつ期待しているんですけど、Solid State Societyの言葉の意味みたいなものは、あるんですか?
櫻井そこが、まあ…それを言ってしまうとほぼオチに近くなってしまうので、ちょっと喋れないんですけど(笑)。そうですね、タイトルとして若干長いという意見もあって。STAND ALONE COMPLEXを取って攻殻機動隊 Solid State Society」だけで行こうかなという話にもなったんですけど、そうは言ってもやっぱり今回もスタンド・アローン・コンプレックスの話だよねというこうとで、長いんですけど、なんとなく長いなあというイメージで覚えてもらえればっていうぐらいの感じですね。いつ公開だっけな、九月か。
瀬名シリーズが長くなると段々タイトルも長くなっていくという(笑)。
櫻井そうですね、シリーズとシリーズの存在自体もスタンド・アローン・コンプレックスみたいな(笑)。
瀬名あのー、こういう話をしていて僕らはおもしろいんだけど、観客の皆さんが付いてこられているかどうかっていうのが心配です。どんどん難しい話になってしまいますけど大丈夫ですかね。
櫻井いや、たぶん全然大丈夫だと思います。

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