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この特集について

脊髄の第三頚椎を損傷し、首から下が動かなくなってしまったマシュー・ネーゲルさん。しかし彼は自分の脳とコンピュータを結ぶことで外部とのつながりを取り戻します。そのマシューさんの担当医であるドナヒュー氏を立花隆が取材しました。

実験室のすべての機能を備えたカートはどこへでも移動可能

立花これが実験用のカートですか。ずいぶん小さいんですね。
ドナヒューええ。現在は、彼らの家に装置を持って行って実験します。患者さんが実験室に来るわけじゃありません。以前は研究用実験室を使っていましたが、今はそれをすべてカート一つにまで縮小したんです。
立花カートを持ってどこへでも行けるわけですね。
ドナヒューそうです。実験室のすべての機能を備えたカートはどこへでも移動可能です。技術の発展のおかげでコンピュータを小型化できたんです。

体のどの部分も動かせない

立花昔はどれくらいでした?
ドナヒュー大学の実験室の壁全体が隠れるくらいでしたよ。
立花そうですか。一人目の被験者のマシューさんについてお聞かせください。
ドナヒューええ。ここに彼を撮影したビデオがあります。マシュー・ネーゲルさんは、約三年前、喧嘩をして首をナイフで刺され、脊髄の第三頚椎が切断されました。
立花第三頚椎ですか。重傷ですね。
ドナヒューですから彼は人工呼吸器を付けています。彼は体のどの部分も動かせません。首と肩を少し動かすことはできましたが、首から下は動かせません。完全に麻痺しているんです。さあ、ビデオに彼が映し出されましたね。

脳を使って直接スクリーン上のカーソルを動かせる

立花頭の部分にインプラントが埋め込まれていますね。
ドナヒューええ。私たちはこれをブレインゲートと呼んでいます。脳内にセンサーがあって、それが外部の装置に、ケーブルで接続されています。センサーから得られたニューロンの信号はケーブルを伝わってアンプを通り、コンピュータに送られます。コンピュータでニューロンの信号は、実際の動作指令に変換されます。この一連のシステムをブレインゲート・システムと呼んでいるんです。こうして彼は脳を使って直接、スクリーン上のカーソルを動かせるんです。要するに、彼はただ考えるだけでコンピュータを操作しているということになります。今、(映像の中の)彼は電子メールを読もうとしているところです。
立花カーソルを動かしていますね。
ドナヒューええ、メールを読むためには、カーソルを動かして、メールを開かなければなりません。次に彼は、お絵かきソフトで円を描こうとしています。一回目のトライではうまくいかないので、消しゴムで消します。二回目は……、きれいとは言えませんが、円のようなものを描きました。

いろんな装置を自由にコントロールできる

立花ちょっと待ってください。彼は絵を描く作業をしながら話をすることもできるんですか。
ドナヒューそうです。彼は、カーソルを動かすのと同時に話もできます。見てください。三回目のトライで、円を完成させましたね。今度は、テレビを操作します。カーソルを動かすことで、チャンネルを変えたり、スイッチのオン・オフができます。彼は手は使えませんが、いろんな装置を自由にコントロールすることができます。
立花彼は自宅にいるんですか。
ドナヒューそうです。彼は小規模の医療福祉施設に住んでいます。

何も考えずに操作する

立花彼は考えるだけで、カーソルを操作しているということですが、彼は実際のところ何を考えているんでしょう? カーソルを動かしているところを想像している?
ドナヒューあなたが自転車に乗ることを考えるときと同じですよ。何を考えますか? 何も考えないでしょう。ただ動くだけです。当初、彼は自分の手を伸ばすことを考えていたようです。しかしいざカーソルを操作できるようになってみると、彼は説明できませんでした。私たちが自転車にどうやって乗るのかを説明できないのと同じです。実際にやってみるしかないということです。
立花なるほど。
ドナヒューあるいは朝、ティーカップに手を伸ばしてつかむのと同じです。考えたりしないですよね。ただ、手がティーカップに動いていくだけで、何か考えているわけではありません。

外部世界とのつながりを取り戻す

立花しかし、この実験をはじめる際には、彼に何か指示を与えますよね。どんな言葉を使いましたか?
ドナヒューそうですね、たとえば左に動かすことを考えてください、とか。
立花考えてください、ですか。
ドナヒューいろいろ試しました。動くことを想像してください、動いているふりをしてください、とか。彼は「動かすことはできない、不可能だ」と言っていました。しかしとにかく彼はやってみようとし、すぐにうまくいきました。とても興奮しましたね。彼が動かせるのはカーソルだけじゃありません。今、ビデオに映っているように彼は、ロボットアームを操作できるんです。
立花技術者からロボットアームで何かを受け取ろうとしていますね。
ドナヒューキャンディです。キャンディを受け取って、移動させるんです。彼は数分以内でこの操作ができるようになりました
立花数分で。
ドナヒューええ。彼は脳を使ってロボットアームをコントロールしました。伸ばしたり、向きを変えたり、握ったり開いたり。やり方を教えたら、彼はすぐにやってみせました。彼は、ブレインゲート・システムを使って、コンピュータを操作し、テレビを付けたり消したり、ロボットアームを操作したりできるんです(写真1)。将来的には、ロボットアームでペンを使って自分の名前を書く訓練もする予定です。
立花要するに彼は、外部世界とのつながりを取り戻す、と。
ドナヒューそうです。再び自立できることになります。学校に行ったり、仕事をしたり、ゲームをしたり。
立花素晴らしいことですね。
ブレインゲート・システムの模式図
(写真1)

脳から信号を取り出して利用する

ドナヒューもう一つ映像をご覧ください。今度は、彼は義手を操作しているところです。
立花本物そっくりの手ですね。
ドナヒューええ、本物に似せて作ってあります。机に置いているとちょっと不気味です(笑)。……今、彼はちょうど義手を握ったり、開いたりしていますね。それにあわせて、音が鳴ります。大きな音は、脳神経活動が活発なことを示しています。握るときに脳が活性化していることがわかりますね。逆に、開くときは活動の度合いが低いようです。彼はこの義手で私をつかむこともできましたよ(笑)。この装置が示していることは、身体麻痺の患者も、脳の手を動かす部分、腕を動かす部分、あるいは足を動かす部分はちゃんと活動していて、その信号を取り出して利用できるということです。手を切断した人でも同じように義手を動かすことができるでしょう。

FDAからの承認を得るのは簡単ではない

立花私はあなたにお話を伺う前に、他にもこのような研究を進めている研究者にたくさん会ってきました。シェーピン博士、ニコレリス博士、シュワルツ博士などです。彼らは皆、あなたのように人体で実験したがっています。しかしまだFDA(食品医薬品局)の許可が得られていません。あなたはどうやってFDAから一番最初に許可を得ることができたんですか。
ドナヒュー私たちはこの一〇年ほど、ずっとセンサーの開発をしてきました。脳の運動野に埋め込んで、ニューロンの信号を集団として、同時に記録できる装置を作ろうとしていたのです。ユタ大学のリチャードゴーマン博士とともに取り組んで、一〇年がかりでようやくアレイ電極を開発したんです(写真2)。そして、私たちは約二〇匹のサルに四〇のインプラントを埋め込んでテストしたんです。それによって得られた実験データをFDAに持って行ったわけです。準備万端でした。それに会社(Cyberkinetics社)を作り、臨床認可のプロを引き入れました。素材に毒性がなく、炎症を起こさないかなどの問題をチェックして、ほとんど完璧なパッケージに仕上げてからFDAに申請したわけです。FDAとの話し合いの後、私たちは承認を得ました。
立花FDAからの承認を得るのは簡単ではないんですね。
ドナヒューそうです。そして、そうあってしかるべきです。安全性を確保するためには必要です。
アレイ電極の写真 
(写真2)

五人の被験者で実験

立花あなたの助手から先ほど聞いたのですが、四〇〇〇枚の書類を作らなければならなかったそうですね。
ドナヒューええ。段ボール箱何箱にもなりましたよ。
立花一人目の被験者マシューさんを含め、五人の被験者で実験をするそうですね。
ドナヒューええ。今ちょうど二人目の実験をしています。一人各一年間の実験です。最初のマシューさんで、私たちは、脳を使ってコンピュータをコントロールできることを実証できました。今度は、同じ方法が他の人にも使えるのか。それぞれの患者にあわせてどう調整すればいいのかを調べていきます。まだ多くのデータを集める必要があります。

次世代の装置の課題

立花次世代の装置の課題はなんですか。
ドナヒュー大きな課題は、装置の小型化と自動化です。今は、昔に比べれば小さくなりましたが、まだカートくらいのサイズがあり、患者が自分で運ぶには不便です。それに技術者同伴でなければ機能しないので、自動化する必要もあります。それにまだまだ、ごくシンプルな動きしかできないんです。せめて私たちと同程度の動きができるようにしたい。
立花なるほど。

神経系の修復

ドナヒューおそらく心臓のペースメーカーと同じような発展を辿ると思います。最初の心臓ペースメーカーワイヤーでできていて、胸板を通って心臓に達していました。それから、カートに刺激装置が備えられていて、患者は心臓ペースメーカーと一緒にそのカートを持ち運ばなければならなかった。それで現在はどうなっているかというと、小さな装置が皮膚の下に埋め込まれています。見た目には心臓ペースメーカーを付けているのかどうかわかりません。心臓ペースメーカーは、多くの人が利用する、ごく当たり前のものになっています。脳に埋め込むインプラントもいずれはどんどん小型化され、自動化が進むと思います。ケーブルが頭蓋骨から突き出ていますが、ワイヤレスにする必要もあります。
立花なるほど。さらに先にはどんな可能性がありますか。
ドナヒュー最も私たちが関心を持っているのは、脳からの信号を、コンピュータやロボットに送るのではなく、麻痺した筋肉に送り込む研究です。神経系の修復です。身体麻痺の患者が自分自身の筋肉をコントロールできるようにするのは一〇年規模の挑戦だと思っています。しかし、できると思います。いつかは患者が完全に自然な動きをし、誰にも身体麻痺であることがわからないくらいになることを願っています。

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