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この特集について

臓器のなかでも最も複雑な臓器である人間の脳。いま、この脳に電極を埋め込むDBS(Deep Brain Stimulation=脳深部刺激療法)という画期的な治療法が、パーキンソン病をはじめとする、難病に苦しむ多くの患者に希望を与えている。人間と機械の融合=サイボーグをテーマに、05年11月にかけて放映された「NHKスペシャル 立花隆 サイボーグ技術が人類を変える」でも、この治療法が取り上げられ、視聴者から大きな反響を呼んだ。  今回、番組にも登場したDBSの世界的権威であるクリーブランドクリニックのリザイ医師に、あらためてDBSについて立花氏が質問した。

DBS手術を800回

立花リザイさんは、脳深部刺激療法(以下DBS)では一番経験のある脳外科医だと思います。これまでに何回くらい手術しているんですか?
リザイ正確な数字はわかりませんが、800回以上です。
立花800! 本当ですか。
リザイええ、最後に調べたときにはそうでした。
立花毎週手術は一、二回?
リザイ三回くらいですね。
立花多いですね。

脳深部刺激は脳ペースメーカー

リザイ昨日はジストニア(註:筋肉の異常な緊張が起こる)患者の手術をしました。今日はパーキンソン病、明日は脳卒中による重度の痛みを緩和するための手術です。
立花ぜんぶ、DBS?
リザイはい。脳深部刺激は、脳ペースメーカーとも言われていて、パーキンソン病やジストニア、首の異常な動きである斜頚、頑固で半永久的な痛みや、トゥレック症の患者にも使います。トゥレックをご存じですか? チック症が出る病気です。
立花チックですか。
リザイ激しく瞬きしたり、叫び声を上げたりもします。それから、重度のてんかん症の人々に対しても使います。これが装置です。
立花ほう。
リザイこれが患者の体内にあって、もし電池が切れるとビーと音を出すんです。患者の装置の電池が切れてビーと鳴り、それに夫が気づいたという例もあります。我々は運動障害だけでなく、精神障害の患者も手術しています。
立花たとえばどんな?
リザイ強迫神経症を聞いたことがあるでしょう? 何度も繰り返して手を洗い、それが止められなくなるような症状です。
立花ええ。
リザイヘロインや麻薬などの依存症の人々にも使います。手が動かなくなっている人でも、その手の動きがよくなるんです。それに、外傷性脳損傷の人々にも使います。

症状に応じて刺激部位は異なる

立花治療効果は高いんですか?
リザイやはりパーキンソン病に対する治療が経験も長く、一番実績をあげているので、現在では標準的な治療法として認められています。他の症状に対するDBSは、少しずつ成果を上げていますが、まだまだ研究が必要な段階です。
立花それぞれの症状に応じて、刺激する部位は違うんですか?
リザイその通りです。この模型を使って説明してしましょう。たとえば、震えのある人に対しては、脳の視床という部分を刺激します(A)。この部分に電極を深く入れるんです。たとえて言えば、視床は脳のグランドセントラル駅です。パーキンソン病なら視床を辿ってここ、ジストニアならここ、てんかん症ならここといった具合に、刺激するいろんな場所の起点となるのが視床なのです。
立花なるほど、そこに電極を挿入するわけですね。脳に挿入する電極はとても柔らかそうに見えますが、ちゃんと脳に入りますか?
リザイ手術中は、細いチューブ状のワイヤのなかにこの電極を入れ、堅い棒状にして挿入するのです。

挿入場所は音でモニターする

立花挿入する目的の場所はどうやって探すんですか?
リザイ音でモニターしているのです。
立花音で。
リザイ電極の位置に応じて、ちがう音が出る仕掛けになっているのです。ちょうど国が違えば、話す言葉も違うように、電極が少しずつ挿入されていくと、脳の部位が変わるごとに音が違って聞こえるようなモニター装置があるんです。
立花なるほど。

GPSのように脳のなかを探索

リザイ我々が開発した装置を使えば、脳のどこでも追跡できます。ちょうどGPSのように、脳のなかを探索できます。我々が手術した患者の映像をビデオでお見せしましょう。
立花お願いします。
リザイこの患者はエンジニアで、インディアナ州の人です。重度のパーキンソン病で歩行ができず、転倒してしまいます。体の硬直がかなり進行したので、仕事を辞めなければならず、家の中を這っていました。薬物治療をしていましたが、毎日三十錠も摂取していました。それで我々が手術しました。五年前のことです。さて、彼はこれからペースメーカーを止めるとどうなるかを実演しようとしています。今、オフにしました。痙攣がどんどんひどくなっていくでしょう……。今、オンにしました。
立花右半身が、リラックスしていくようですね。
リザイ左側も見てください。
立花ああ、だんだんよくなっていきますね。まるで新しい人になったかのようです。

パーキンソン病に対するDBS

リザイ次をお見せしましょう。彼は郵便配達人で、重度のパーキンソン病でした。毎日四十錠も薬を飲んでいました。彼は五十代とパーキンソン病患者としては若く、子供が三人いましたが何もできませんでした。もちろん仕事も辞めなければならなかった。今お見せしているのは、ペースメーカーを止めた状態です。震えてうまく歩くことができず、バランスも非常に悪いですね。ここで次に、スイッチをオンにして、まったく同じ動作をしてもらいましょう。ほら、彼は今、道路の雪をシャベルでどかしています。何も変わったところはないように見えますね。彼はボーリングが好きでよくやっていたそうですが、五年間ボーリングができませんでした。ほら、このように彼は今ではボーリングができるようになりました。パーキンソン病に対するDBSは日本でも、片山容一教授(日本大学医学部)などが行っています。それはご存じですね。

強迫神経症、産褥後鬱症に対するDBS

立花ええ。片山教授は、DBSでは、日本で一番症例を持っています。しかし、彼はこの治療法を精神障害へ応用することにはかなり慎重な立場です。
リザイええ。精神障害への応用研究については、日本は非常に速度が遅いように感じます。それは、過去の問題を心配しているからでしょう。たしかに、精神医学の外科的治療には、多くの問題がありました。しかしまずは、我々の患者をお見せしましょう。彼は重度の強迫神経症を患っています。手を洗っては調べ、洗っては調べということを五百回も繰り返します。体を洗うこともです。我々が三年前に手術するまでは、シャワーで八時間も過ごしていました。
立花八時間も。それはすごいですね。
リザイしかも彼は、数えては調べ、ということも繰り返していたので、他のことは何もできませんでした。今スイッチをオンにしようとしているところです。顔を見ていてください。彼はそれまで非常に悲しそうな顔をして、家に閉じこもっていなければならなかったんです。ほら、今、にこやかになってきました。
立花いい顔ですね。
リザイ今では彼は結婚し、大学を卒業し、ビジネスをしています。これは、この手術がいかに重度の強迫神経症の人々を助けるかを示しています。次に、私がローマの世界定位・機能神経外科学会議(WSSFN)でプレゼンテーションをした例をお見せしましょう。今度は女性です。産褥後の鬱症というのをお聞きになったことはありますか。彼女は重度の産褥後鬱症になり、脳のショック療法をしなければなりませんでした。

野蛮な方法:ショック療法

立花脳深部刺激とショック療法では、どこが違うんですか。
リザイ脳深部刺激がピンポイントで脳の特定の部位に刺激を与えるのに対し、ショック療法は、患者に麻酔をかけて脳全体にショックを与えるんです。とても野蛮な方法だと思います。
立花ショックを与えるとき、どれくらい電圧をかけるんでしょうか。
リザイおそらく、約二十ボルトくらいでしょう。
立花相当高いですね。
リザイそのようなショックを六十回も受けたのです。
立花六十回!
リザイええ、脳にショックを与えると、患者は発作が起こったように全身をふるわせます。これはいい効果があらわれたのではなく、その逆です。しかし、これまでこのような治療法の他に何もなかったんです。この画面の彼も、ショック療法の他に、あらゆる薬物を摂取しましたが、効果はありませんでした。彼女はとても悲しい状態で、自殺しようと考えたくらいでした。今、彼女の頭には電極が埋まっていて、これから電気刺激を与えるところです。画面を見てください。最初は一ボルトです。

「かなりいい気分です」

(画面のなか、医師が患者にインタビューをする)
医師「何か感じますか?」
患者「いえ、何も感じません」
医師「では、四ボルトにしみましょう。何か感じますか?」
患者「気分がよくなってきました」
医師「以前よりよいですか? あるいは同じくらいですか?」
患者「少しよいです」
医師「六ボルトにしました。気分はどうですか?」
患者「ハッピーです。気分はよいです。本当によいです。ニコニコしたい」
医師「ニコニコしたい?」
患者「ええ、長い間、笑ったことがありません」
医師「それではもっと電圧を高くしてみましょう。七ボルトです。ニコニコしていますね。どのように感じますか」
患者「かなりいい気分です」

リザイと、こんな感じです。

重度のジストニアの少年

リザイ最後にもう一例紹介しましょう。この少年は、重度のジストニアで、足も腕もよじれているのがわかりますね。彼は非常に頭がよく、クラス一番です。しかし、重度のジストニアで手も足もコントロールすることができません。手足が縦横無尽に動いてしまうんです。さて、これが手術一年後です。自転車を乗りこなしていますね。
立花信じられない……。
リザイほら、今度はプールで泳いでいます。まだ足に少し問題がありますが、普通に生活ができますし、サッカーをすることもできます。これが、この治療法がいかに患者たちを助けているかの例です。

ペースメーカーをコントロール

立花患者自身は、このペースメーカーをどのようにコントロールするんですか?
リザイ小さなリモコンがあるので、自分でオンにしたり、オフにしたりできます。
立花刺激のしかたは調節できるんですか?
リザイこのクリニックで医師たちが調節を行います。電気パルスの頻度、強度、パルス幅などいろいろなパラメータを変えます。患者の様子を見ながら、パラメータを調節するのです。

電池を体内に埋め込む

立花あとは、患者自身がスイッチをオン、オフするだけですか?
リザイいえ、ほとんどの場合は、プログラムが自動で、スイッチの切り替えを行います。夜は、電池を節約するために寝ているときはオフにするよう設定しています。
立花なるほど。それでは、電池はどこに入れるのですか?
リザイ胸、あるいは腹部です。
立花埋め込みですか?
リザイ皮膚の下、鎖骨のすぐ下に埋め込みます。
立花電池がなくなったら?
リザイ胸を開いて、新しいペースメーカーと交換します。非常に簡単な手続きです。しかし、脳に電極を挿入する場合には、四〜十時間かかります。
立花脳の電極は半永久的に埋め込んでおけるんですか?
リザイええ。
立花どのくらいですか?
リザイいまのところ、十年間は問題が起こっていません。電池は三、四年ごとに交換しなければなりませんが、脳の電極は一度埋め込んだらもう触りません。

統合失調症への対応

立花先ほど、強迫神経症の患者を見せていただきましたが、統合失調症にもこの治療法は対応できるとお考えですか。
リザイおそらく将来的には対応できるようになるでしょう。
立花今はまだ、ということですね。
リザイ今は早すぎます。今、精神障害でこの治療法を行っているのは、鬱病と強迫神経症、依存症だけです。
立花統合失調症の何が難しいんでしょうか? 原因を起こす脳の場所が特定できないから?
リザイ場所が問題なのではありません。患者が納得するかどうかが一番の問題なのです。鬱病や強迫神経症の患者は、何が起こっているかを理解し、自分が病気であることを理解しています。統合失調症の患者は理解しません。彼らは幻覚を起こし、妄想していますから、彼らに納得させるということが問題なのです。これは大きな問題です。しかし近い将来、統合失調症にも対応できると思います。統合失調症の根底には、脳のなかの問題が深く関わっているからです。

リザイさんが研究を始めたのは

立花リザイさんが、このような研究を始めたのはどこだったんですか?
リザイ私はこの種の研究を、カナダ、スエーデン、フランスで始めました。その後、ニューヨークで開業しました。1998年以降は、クリーブランドです。
立花ということは、カナダ、スエーデン、フランスはアメリカより進んでいると?
リザイええ、そうです。ただ、あちらでは、運動障害が主たる研究対象なのです。そこで我々は、彼らの技術を取り入れて、たとえばトゥレット症や、精神障害のような運動障害以外の病気にも適用しているんです。重度の脳損傷のある人、昏睡状態の患者にも適用しています。しかしそれはまだ公表していません。

技術、機器の進歩

立花あなたが外国で、この技術をはじめて見たときはどんな状態でしたか?
リザイまだ初期段階にありました。九十年代の中頃から終わりに私が学んでいたころは、この手術を行うのに十二〜十五時間もかかっていました。
立花そうですか。今は?
リザイたとえば今日は、朝から手術を初めて、十二時半には終わりました。かかったのは四時間です。脳をモニターする技術が向上し、コンピュータ化も進んだおかげです。数年後には、ボタンを押すだけで、コンピュータが全部手術ができるようになって、私は必要なくなるかも知れません(笑)。

非常に有望である将来

立花今後十年、あるいは二十年でどのくらいこの技術は進歩するでしょうか。
リザイよい質問ですね。この技術の将来は、非常に有望であると思っています。将来、我々は脳ペースメーカー、あるいは神経系ペースメーカーを体のいろいろな部分で使うようになるでしょう。特に卒中を患った人々や運動障害のある人々の機能回復を助ける上で、大変有望です。さらに鬱病や強迫神経症、もしかしたら統合失調症などの精神障害のある人々、外傷や事故による重度の脳損傷、または自閉症のような生活上の問題がある人々を助けることができるようになるでしょう。これらの病気は、すべてこの技術で治療できる可能性があるのです。
立花非常に広範囲なんですね。
リザイそうです。我々は脳以外にも応用範囲を広げ、心臓や胃を通っている神経を電気刺激することも考えています。たとえば今、血液を送りだす動きを良くするために、心臓の神経を刺激するペースメーカーの研究をしています。胃でも、重度の下痢と胃の痛みが伴う炎症性大腸炎、呼吸器疾患にこの技術を使う研究もしています。ですから、過去十年と同じように、今後もこの技術が急速に進歩していくことは間違いありません。

社会的受容

立花先ほど、いろいろな患者の映像を見て、なるほどこれは大きな可能性を秘めた技術であると感じましたが、この技術を言葉だけで聞く人は、とても信じられないと思います。多くの人は、不安を感じるんじゃないでしょうか。そこをクリアしないと社会的に受容されにくい技術だと思うんです。
リザイ社会的受容……。そうですね、先ほども触れましたが、過去に日本で、精神外科を行う医者に対する多くの反発やデモがあったことは私も聞いています。
立花特に、精神障害者や、凶悪犯罪者の前頭葉を切除するロボトミー手術が問題になりました。日本では一九七五年に、日本精神神経学会が「精神外科はやらない」という宣言を出した。

望みのない人々に対する治療

リザイええ、しかし、我々が現在行っていることは、障害が非常に重くて、他に効果的な治療法がない、望みのない人々に対する治療なのです。望みが全くなく苦しんでいる人々は何百万人もいます。薬物療法、精神療法、ショック療法、理学療法も効果がない人々です。我々の行っているDBSは、このような患者に望みを与えるものです。心臓のペースメーカーは社会に受け入れられています。世界ですでに何百万人もの人々に埋め込まれ、彼らの寿命を延ばしています。私は心臓のペースメーカーのように、脳や神経のペースメーカーも次第に社会に受け入れてもらえるようになると思います。ただし時間はかかる。日本やアジアの優れた研究者が、この分野を前進させる素晴らしい研究成果を挙げているので、彼らがもっと勇気づけられ、支援されることがとても重要だと私は考えています。

疾患を持つ人々を助ける

立花ええ、今現在、脳ペースメーカーを埋め込んでいる人はどれくらいいるんですか?
リザイ約三万人ですね。
立花はい。いずれはもっと多くの人に受け入れられるでしょう。ただ、これは重度の疾患、医学的な問題を持っている人に限って利用するということが前提です。この技術を人間の補強に使ってはいけません。
リザイそんなに、ですか。
立花なぜですか?
リザイとても複雑な問題ですが、我々には、重度の障害を持ち、苦しんでいる人々を助ける、社会的、倫理的な責任があります。だから、治療目的に限ってこの技術を使うことはいい。疾患を持つ人々を助けることに焦点を置くべきです。しかし、なかにはこの技術を人間の能力の向上のために利用しようとする人々もいます。それは非常に危険です。問題を引き起こすだけだと思います。

安全性の問題

立花社会的受容という点で、ポイントになるのは安全性の問題だと思います。この装置を半永久的に、十年、二十年と長期利用するとなると、合併症や副作用の心配はないのでしょうか。
リザイ今のところ十年間、何千人もの人々が問題なく装置を埋め込んだままです。ただし、他の臓器に対する手術と同じように、手術をしている最中に問題が起こる可能性はあります。大きな問題が起こるリスクは、一〜二%です。埋め込んだ後は大丈夫です。ビデオでお見せしたのは、どの人も手術後四〜五年目の患者です。どのような新しい技術でも、時間がたつにつれて社会は受け入れていきます。二十年前あるいは三十年前は、心臓ペースメーカーも受け入れてもらえませんでした。今では誰でも使っているのに、です。脳や神経のペースメーカーも同じでしょう。患者が理解すればするほど、一般大衆も理解するようになり、この技術は社会に浸透していくでしょう。
立花患者の利益になるのだったらいい、と。
リザイそうです。

環境が整ってきた

立花しかし、微妙な問題もあると思います。たとえば、人間の能力の向上のためではなく、肥満の人が体重抑制のために使う人もいるかも知れません。
リザイよい質問ですね。それは、我々が大きな注意を払わなければならない問題です。ですから慎重を期して我々は、先ほどお話ししたような精神障害や卒中、外傷性脳炎を患う人々に対する研究は、食品医薬品局(FDA)とともに進めているのです。非常に注意深く計画を立てた上で、我々は安全性を監視する特別委員会のチェックを受けています。倫理委員会の承認も受けています。これらの委員会では、他の複数の医師たちが我々の臨床計画表を検討するわけです。
立花なるほど。
リザイこの技術が悪用・濫用されないように、安全基準を科学的に厳密に維持していくことは非常に重要です。それが安全であり利益があると証明された場合に限って、前進していくべきであって、我々は常にそれをチェックしていく必要があります。強迫神経症や鬱病に対する研究はずっと以前から進めていましたが、三、四年前であれば、その話を紹介しなかったでしょう。今ようやくお話しできる環境が整ってきたのです。

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