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(1) 番組製作中、そして製作後に思ったこと

 この番組ほど、作りながら、そして作り終わってからも、さまざまのことを考えさせられた番組もなかなかない。まずは、作りながら考えたことを順を追って記しておく。

 企画がもちあがったのは今年五月。六月から取材に入り、二カ月余かけてアメリカを二周して、多数の研究拠点を取材した。カナダ、イギリス、中国も取材した。

 私は今年の三月から、日経BPのページに、「立花隆のメディア・ソシオ・ポリティクス」というコラムを不定期に書きつづけているが、その中で、この番組のことを何度か書いてきた。海外取材中も、向こうからメールを送る形で、何度かこの取材に言及している。

 まず、それを読んでいただくと、取材の流れがわかると思うので、それを引用しておく。

 七月の米国取材時のものから、九月の上海取材、十月に入ってからの東大満淵研取材、それについ最近のものまで、ここに一挙にならべておく。まずはこれを順次読んでいただきたい。

 最後のものは、今回の番組のエンディングについてなので、番組を見ていない人にはわかりにくいかもしれない。

シェーピン教授からはじめた理由

 ここで米国取材のはじめに戻る。

 最初の取材は、ニューヨーク州立大学のシェーピン教授のところだった。(第28回「脳内チップが未来を変える! 米国サイボーグ研究最前線(1)」

 なぜシェーピン教授のところからはじめたかというと、シェーピン教授とデューク大学のニコレリス教授(今回取材はしたが、番組には登場しなかった)が、今日の神経工学の爆発的隆盛を導いた最初の人だったからだ。

 番組では、シェーピン教授は、ロボラットの実験をしている人として大きく扱われているが、実はシェーピン教授の名を知らしめた最も有名な実験は、番組の中で紹介されている、ラットが頭で考えるだけで、水飲み蛇口を自分のもとに引きよせるようにした実験なのである。

 実は、ロボラットの実験(2002年〜現在)は非常に人の目を引く実験ではあるが、全くユニークな実験というわけではない。

 もう何十年も前に、同じようなアイデアを思いつき、別な動物を使って(たしかヤギかヒツジだったと記憶する)、似たような実験に成功している例がある。このときも軍事利用が考えられ、動物の背中に爆弾を背負わせて敵陣に突入させることが考えられていた。

 しかし、生きたラットの頭に電極を刺し、ラットの頭の中から取り出した信号で直接外部機器を動かしたという1999年の実験は全くユニークで、世に衝撃を与えた。

 それは要するに動物でも人間でも考えるだけで外部機器を動かせるようになるということを意味し、その応用は無限に広い。

 福祉機器に使えば、従来ベッドの上から一歩も動けなかった四肢完全麻痺の患者が自分で車椅子の運転もできれば、TVのチャンネル合わせからコンピュータの操作までできるようになるということを意味する。

 今回の番組で紹介されている四肢麻痺の患者マシュー・ネーゲルさんがやって見せたことは、シェーピン教授のこの実験以来、この技術の延長上に、いずれ可能になると思われていたことなのである。

 この技術を軍事的に利用すれば、考えるだけで飛行機の操縦もできれば、ミサイルの発射もできるようになる。現代の戦争は、特に空中戦など、コンマ一秒以下の決断が死命を制する戦争になっているから、手でボタンを押す代わりに頭で考えるだけで、外部機器(武器を含む)を操作できたら圧倒的に有利になる。

 このような可能性を見込んで、アメリカの国防先端研究局(DARPA)が、この実験成功の直後から、この領域の研究に大きな予算をつけるようになり、2002年にはシェーピン教授とニコレリス教授の二人にDARPA特別賞を与えている(この事実はあまり大っぴらに喧伝されないように配慮された)

 NIHも医療福祉の観点からこの技術の未来を大きく評価し、大きな予算をつけた。この二つの源泉から予算が潤沢に出たことによってこの領域の研究が一挙に進みはじめた。

 番組の冒頭、今年秋、上海で開かれたIEEE(国際電気電子技術学会)のIBME(医学・生物学・工学連携国際会議)がサイボーグ(脳神経工学)技術で盛り上がっている様子が紹介されている。

 そこで、主催者が、「五年前は、この領域の研究はなきに等しかったのに、いまは、爆発的に盛り上がっています」と語るのが印象的だが、その背景には、このシェーピン教授の1999年の実験がその大きなきっかけになったという意味がこめられているのである。

ラットの水飲み実験の背景 ポピュレーション・コーディング

 シェーピン教授のラットの水飲み実験は番組でも詳しく紹介されているが、多少説明不足でわかりにくいかもしれない。

 わかりにくいのは、あの実験は段階を追って一つ一つ進んだ実験であるのに、全体が圧縮されて、一挙に示されているからである。

 まずこの分野の研究が急速に進むようになった大前提の話を先にしておくと、脳研究の世界で、90年代の後半、革命的変化が起きたことを知っておく必要がある。

 それまでの脳研究は、ニューロン一つ一つの活動を記録することに中心が置かれ、細胞そのものに針電極を刺して直接電気信号を取ったりするのが通常の研究法だったので、シングル・ニューロン研究法と呼ばれる。それに対して、80年代に入ってはじまった新しい研究法は、細胞一つ一つの解析より脳の一つの領域全体の多数のニューロンが、全体として何を表現しているかを解析するほうがはるかに大事だという立場に立つので、ポピュレーション・コーディング法と呼ばれる。

 ポピュレーション・コーディング法では、多数の電極(数十から数百)を一つの領域全体の中に一挙に入れてしまい(番組では最初期の電極16本のものが大写しにされているが、いまはもっと電極の数が多いし、形もさまざま)、多数の信号を同時に記録する。そしてそれをコンピュータで解析して情報を読み取るという手法を用いる。

 シングル・ニューロン法は伝統ある方法だから、クリアな信号を拾うことができ、その意味解析も容易だったが、ポピュレーション・コーディング法は、大量の情報が一挙に入手できる一方、その意味がさっぱりわからないという欠陥があった。はじめ、ほとんどノイズだらけといってよいような情報だったのである。

 ポピュレーション・コーディングを追求する研究者たちは、はじめ、山のような電極を投入してゴミのような情報(意味内容が解析できないノイズ)ばかり集めている人々と皮肉られたが、80年に入って、ジョンズ・ホプキンス大学のジョルゴ・プーロス教授が、ポピュレーション・ベクトル平均法という数学的情報処理法を開発して、ノイズの山の中から、巧みに意味ある情報を引き出すことに成功した。番組で紹介される、電極一本一本の信号が全部重ね合わせられ、コンピュータの画面上に大きなうねりのような波が形成されていくところが、この手法が用いられている現場である。この手法が生まれたあたりから、一挙に研究が進みはじめたのである。

 この手法が最初に成功をおさめたのは、脳の運動領域だった。

 これまでの脳研究が主として、脳の認知機能を主たるターゲットにして、おばあちゃんを認識する「おばあちゃん細胞」を見つけたとかスイカを認識する「スイカ細胞」を見つけたといって、大発見などと喜んでいたのに対して、こちらは、サルの手足の運動が、サルの脳の運動野の細胞群の間でどのように情報表現されているかを探求しようとした。

 やがてジョルゴ・プーロスは、運動野にはサルが手足をのばすとき、のばす方向のコサイン角に比例してニューロンの発火頻度がふえる「運動方位表現ニューロン」とも呼ぶべき一群のニューロンがあるという画期的発見をした。そのほかの運動要素についてもそれを表現するニューロンがある、ということがわかり、結局、多数の電極を入れて、運動領域全体のニューロンの発火パターンを記録して解析すると、手足の運動は全部わかるというところまでいったのである。運動野の発火パターンを観察すれば、サルの腕が目の前の三次元空間のどこからどこに動くかがそのままわかるというところまでいったのである。

 そこまでわかったら、その情報をそのままロボットアームに伝えてやれば、ロボットアームが、サルの腕と同じように動くのではないかと考える人が出ても不思議ではないだろう。

 番組の中で、考えるだけでロボットアームを自由自在に動かして、食物を口に運んでいるサルが登場していた。

 あの場面、アメリカでは動物愛護運動家に配慮してサルの顔を隠すように求められているので、すごくわかりにくいが、あのサルの頭には電極が入っていて、サルは手足を全く動かさず、ただ考えるだけで、あのアームを自由に動かしているのである。このことを頭に置いてみると、あの画面、見かけよりずっとずっと不思議な光景が映されているのだということがわかると思う。

 あの実験を行っていたピッツバーグ大学のシュワルツ教授は、先に名前をあげたポピュレーション・コーディング法の先駆的研究者、ジョルゴ・プーロス教授の一番弟子なのである。昔の話を聞いていたら、昔は脳科学者の間で、ポピュレーション・コーディング法など徹底的にバカにされていたのだという。その時代、ジョルゴ・プーロスと若き日のシュワルツ(大学を出たばかりのポスドクだった)は、たった二人で、小さな研究室で毎日コツコツ研究をしていたのだという。

 サルの運動野のニューロン信号を解析(ポピュレーション・コーディング法)して、腕の運動方向、速度など全解析できたら、その情報を使ってロボットアームを動かそうという発想は、研究者の間で自然にもちあがっていったのだという。あのシュワルツ教授(本当はインタビューもしたのだが、だんだん時間が足りなくなって、最終的にその部分全部落ちてサルとロボットアームだけが残った)の研究室のロボットアーム(あのアーム自体は最近のもの)は、そういう意味で、この領域の研究史を象徴するようなアームなのである。

 シェーピン教授の実験に話を戻すと、教授ははじめ、ラットを訓練して、レバーを押して水を飲むようにさせた。はじめは、「レバー」をスイッチ代わりに使って、「蛇口」が出るシステムにしていた。次に現実に「レバー」が押されなくても、ラットの頭の中でレバーを押す動作をはじめるという脳内信号が出たところで、その信号そのものをスイッチに使って蛇口を出してはどうかと考えたのである。そうしたところ、そのとおりシステムが働いた。

 そして、そのシステムが働いたということは、ラットが頭の中でレバーを押すと考えただけで、蛇口が出てきたということで、これはもし、ラットに考える力があれば、「オレは超能力を身につけてしまったのだろうか」と思い悩むところかもしれないが、ラットの知能はそこまで高くなかったので、ラットはなんということもなくその状況に慣れて、考えるだけで蛇口は出てくるものだと思うようになり、あとは考えるだけで蛇口を出して水を飲む操作をつづけたということなのである。

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