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「サイ」の創設に寄せて

理化学研究所 脳科学総合研究センター

象徴概念発達研究チーム 副チームリーダー

藤井直敬

「社会の公器としての科学メディアサイト構築」という大きなテーマを掲げる「サイ」の趣旨を拝見し大いに感銘を受けた。神経科学者として雑事に追われる中で常日頃考えていた、「科学者とそれを支える人々との間を埋めるメディアとコミュニティの創設」という私の夢に近いもの感じたからである。

科学技術予算の結果報告は十分か

我々科学者が使っている研究費は、その殆どが税金である。科学研究予算が税金によってまかなわれているということは、一般の方も御存知の事と思うが、その規模が千億円なのか100兆円なのか、そして何に使われているのかということも皆目見当もつかないであろう。米国の科学予算が10数兆円、日本はその半分以下であるが、これを国民一人当たりに換算すれば、国民一人当たり年3‐4万を支払っている事になる。つまり毎日届く新聞一紙を年間購読できるだけの金額を支払っているわけである。果たして、私達はその支払っている額に同等の情報や利益を得ているのだろうか?

私が言いたいのは、実際的な科学の利益を国民が享受出来ているのかという疑問ではない。科学には様々な分野があり、実験内容の応用がすぐに可能な分野もあれば、100年後に花開く学問分野もあり、そのいずれも重要であり優劣はつけられない。応用科学は必ず過去の知識の蓄積を必要としており、将来の国家の技術レベルは基礎技術レベルによって左右される。技術立国をめざす日本は、応用科学と基礎科学の両者へバランスの良い投資を行う事は必須である。

私が上であげた疑問とは、私達が税金を通じて莫大な予算を科学技術に投資しているのに、投資先である科学者からは投資情報や結果が報告されていないのではないかという疑問なのである。日本の科学技術レベルの向上は目覚しいのに、その素晴らしさが一般に見える形で提供されていないというのが勿体無いというのである。業績を公開しない会社へ投資する人はいないが、残念ながら科学技術予算についてはそれが当てはまる。

おそらく科学者から言わせるならば、「そんなことは無い、我々は自分達の行っている実験を、きちんと論文にまとめて世の中へ還元している」と言うだろう。それはその通りで正しい。素晴らしい業績は、Nature、ScienceなどのHigh Profileジャーナルに掲載され、世界中の人々へ公開されている。それぞれの分野毎の専門誌も多数存在し、多くの日本発の業績が発表されている。ところが、学術論文はその性質上、研究者への詳細な解説を目的とする為に、一般への分かりやすさについてはあまり重要視されていなかった。

科学情報の共有の価値と面白さ

一方、近年の科学技術の進歩により、遺伝情報をはじめとして莫大な情報が蓄積されてきている。それらの科学技術情報は、それぞれの研究室内部で蓄積され、論文という形以外で外部に提供されることは殆ど無かった。しかも、それぞれの実験室で持つ莫大な情報は、論文を発表してしまえば、通常そのまま死蔵されてしまうことが殆どであった。論文で議論されるのは、一人の研究者の興味に従った解析の結果であり、データの持つ他の価値についてはあまり考慮されていなかった。また、通常はデータそのものが公開されないため、解析の手法や結果について他者による検証を行うことが難しく、常に捏造の危険性を孕んでいる。

そのような、蓄積された科学情報リソースの共有と効率利用という観点からバイオインフォマティックスという学問が立ち上がっている。これは、生命科学情報をデータベース化し、広く外部に向けて利用共有可能にしようという動きである。遺伝情報などは比較的データベースに載せやすく、しかも情報としての確かさが確保されているので、この分野は非常に成功していると言えるだろう。同じ趣旨で、近年神経科学分野でも、ニューロインフォマティックスという分野が立ち上がりつつある。これは、神経科学に関する情報をデータベース化し、共有、効率利用しようという目的で始まっている。しかしながら、神経科学情報をデータベースに載せる作業は、おそらく遺伝情報等のデータベース化と異なり、非常に難しい作業になると思われる。それは一つに、神経科学のカバーする分野がミクロからマクロまで多岐に渡り、それぞれの分野毎に異なる質の情報を取り扱っているからである。それは即ち、脳の働きの複雑さを示し、一方で多面的でシステム的な理解を必要とする神経科学の他の学問領域と異なる面白さも示している。

「サイ」への提案

このような、神経科学の最前線に立ち、ニューロインフォマティクスに関わる情報の公開と共有という視点、そして社会への情報の還元という視点から、「サイ」という新しいメディアの可能性を考えると、私達科学者の抱える上記のような問題点への解決の糸口を与えてくれるのではないかと思われる。そこで、立ち上がったばかりの「サイ」に二つの提案をしてみたい。

一つには、科学者が自分達の研究成果を分かりやすく一般に公開できる仕組みを作っていただきたい。可能であれば、一般の読者の方々からの科学者へのフィードバックを与えられるような仕組みが欲しい。さらに、「サイ」というメディアを通じて一般からの科学者の業績に関しての評価が得られるのであれば、それに関連したインセンティブが発生する仕組みがあると良いだろう。

二つ目は、科学者と一般をつなぐコミュニティの創設である。従来の科学メディアでは不可能であった見える形のコミュニティを、現在のコンピューター技術を用いれば比較的低コストで構築することが可能である。そのようなオンラインコミュニティを「サイ」のサポート基盤として構築することで、メディアを支えるプラットフォームとして重要な役割を果たすことが可能であろう。

待望されている新しい科学メディア

科学への一般の興味が日本では低いと謂われて久しい。しかしながら、「サイ」という正直言ってまだコンテンツも殆ど無いサイトが、瞬く間に100万ヒットを記録する事実から、人々の科学への興味は非常に旺盛なのだと実感する。私達科学者は、一般に伝える努力を怠ってきた。科学技術予算に上限がある以上、如何に人々の理解を得て、予算を獲得していくかという各研究者そして研究領域レベルでのプレゼンテーション技術も重要になってくると思われる。その為には、私達は、どうして自分の研究が面白く意味があるのかを改めて考え直さなければならない。自分の研究が単なる独りよがりの研究ではないのだという事を確認するには、どうしても他者の視点で自分の仕事を見つめる作業と経験が重要である。その点で、一般へのプレゼンテーションの機会をきっかけに自分の研究を見直してみるという事は科学者にとって非常に有意義なのではないだろうか。

現在の所、科学者、メディア、一般の3者はあまりうまく連絡がとれているとは言えない。情報はうまく回らず、科学者は一般に対して本当の研究の面白さを伝えることは出来ていない。原因は恐らく、メディアの不備と科学者の努力不足にあると思われる。私の所属する理化学研究所で年に一度開かれるオープンハウスでは、毎年びっくりするほど沢山の方々が最新の科学に触れようと来所される。最新の研究成果に触れている来所者の皆さんをみていると、一般の方々は最新の科学的知見に触れられる、新しい科学メディアを待望しているのだろうと実感として感じられる。

「サイ」の発足により、良質な科学コミュニティが構築され、科学情報が正しい形で循環し、人々に理解されるというシステムが出来上がることを願ってやまない。そして、科学者に対しても、そのようなコミュニティへ参加するように積極的に働きかけていっていただきたいと切に思う。今後の「サイ」の発展を心より楽しみにしている。

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