第4回 天才ジュウシマツ”パンダ”の悲劇
NHK解説委員・「科学大好き土よう塾」塾長(NHK教育) 室山哲也
鳥の声はどうしてあんなに透明で美しく、はかなく、懐かしいのだろう。
わたしは長年、不思議に思ってきました。
5月は野鳥が活発に活動する季節。
またあの疑問が、心の中でふくらんできていました。
ところが先日、その長年の謎を解いてくれる研究者が、ついにあらわれました。理化学研究所脳科学総合研究センターの岡ノ谷一夫先生が「科学大好き土よう塾:鳥はどうして鳴くの?」に出演したのです。
先生はとてもユニークな方で、スタジオでいろんな興味深い話をしてくださいました。そもそも一般に鳥は、オスメスに限らず、一年中「地鳴き」と呼ばれる声で、鳥同士のコミュニケーションをするのですが、オスだけ、春から夏にかけて、「さえずり」という不思議な鳴き方をします。
(余談:したがって春から夏以外のキャンプでは「鳥のさえずりで目が覚めた」ではなく、「鳥の地鳴きで目が覚めた」という表現が正しい。あまりロマンチックではないですが・・。)
さえずりは人間でいうと「歌」のようなもので、この上手下手で、オスはメスにもてるかどうか、つまり自分の遺伝子を後世に残せるかどうかの瀬戸際に立たされるというのです。
岡ノ谷先生の実験を、番組の中で紹介しました。
ジュウシマツの2匹のオス、タロウとアキラがメスのモモコに求愛し、その声(さえずり)の分析をします。
まずタロウがモモコと一緒のかごに入りました。タロウはまだ新米のジュウシマツで、メスへのさえずりに慣れていません。
しかし、かごに入ってまもなく、タロウはさえずりをはじめました。しだいに声の調子もあがり、若いタロウは、しきりとモモコに働きかけますが、何故かモモコは気乗り薄で、タロウがモモコのそばに行っても、顔を背けるようにしてすぐに別の所に逃げてしまいます。
実験終了時、タロウはがっくりと肩を落として、傷心の状態になってしまいました。
さて次に入れられたのはアキラ。ジュウシマツのメスの世界では評判のプレイボーイです。入ってまもなく、アキラは常にモモコのそばに寄り添って歌を歌い、あっという間に交尾してしまいました。モモコも嫌がる様子はありません。
一体何が違ったのか。
声のパターンを分析すると、タロウの声は一見にぎやかで活発に見えますが、よく見ると同じパターンを繰り返し、一本調子で押しつけがましい感じです。これに比べてアキラは、まず短い「さわり」の声を出して、次にやや変化をつけたものに変え、そののち「メインテーマ」で歌い上げています。しかし延々と歌い上げることはせず、また短いパターンの声で変化をつけ、再び歌い上げるという、手の込んだ歌唱方法をとっています。アキラはこのバリエーションをメスによって変えていきます。しかもアキラは、つねにメスのそばに寄り添い、反応を確認しながらさえずりを続け、常に歌の効果を検証しつつ、タイミングを見計らっています。ジュウシマツのテクニシャンの面目躍如です。
歌い方が違うと、なぜ「もて方」に差が出るのでしょうか。
岡ノ谷先生によると、じつは野鳥の世界では、アキラのような変化に富んだ声を出すことは、本来危険なことなのだそうです。外敵がいる森の中で、歌に精力を費やすと、そのぶん注意力散漫となり、生存の危機に自らをさらしてしまいます。しかしこの状況をメスから見ると、「危険な中でも歌が歌える頼もしい人(鳥)」ということになります。つまりジュウシマツは複雑なさえずりをすることで、自分の余裕の姿をメスに見せつけ、自分の大きさやたくましさをアピールしているというのです。
わたしはこの話を聞いて、とても不思議でした。人間と姿も違う鳥の世界で、人間そっくりのドラマが展開し、しかもそれが「歌」という手段を通じて行われている姿は、単なる不思議を通り越して、深い共感すら覚えます。これは、人間界でいう「文化」の物語ではないかとさえ思えてきます。生物が生きるとは、一体どういう事なのか。進化の神秘というほかありません。
さて、番組の収録も終わり、岡ノ谷先生とお茶を飲みながら談笑しているとき、衝撃的な話がでました。それは「今までで一番歌が上手かったジュウシマツは誰か」という話題になったときでした。岡ノ谷先生は、突然声を低め、「それはやっぱりパンダだなあ」と、感慨深そうにつぶやき、遠くを見つめました。
「パンダ・・」私の心の中をざわざわと胸騒ぎが駆け抜けました。
パンダは天才的なさえずりの名手でした。
歌のバリエーションはアキラの比ではなく、さわり、展開、メインテーマの組み合わせとも天下一品、絶妙無比。人間ですらうっとりとするほどの技量だったといいます。しかし奇妙なことにパンダはもてなかったのです。
なぜか。
パンダは自分の歌に酔うタイプのジュウシマツでした。
歌のバリエーションは天才的でも、アキラのようにメスの表情を読みながら歌うことをせず、純粋に音のつながりでさえずる芸術家タイプの鳥だったのです。
結局この話は、テレビで紹介されることはなく、打ち合わせ室に居合わせた、数人のスタッフ達の心の中に、小さな感動を巻き起こしただけで終わってしまったのでした。
*実験の様子や映像は「科学大好き土よう塾」HPにアクセスするとごらんになれます。http://www.nhk.or.jp/daisuki/galileo/onair20060506.html
準備中