SCImates α2は機能を停止しています。

目次へ戻る

踊る民謡ロボット

写真 踊る民謡ロボット

2005年1月に報道ステーションで池内先生とともに生出演した、伝統芸能「会津磐梯山踊り」をお師匠と優雅に踊るロボットが記憶に残っていらっしゃる方も少なくないだろう。このロボットこそ、文化遺産保護プロジェクトの重要な片腕なのである。取材に行く前からゼミ生の間でもこのロボットの話は話題になっていた。我々としては、「なぜ民謡に着目したのか?」がまず気になるところであった。
文化遺産は、有形文化遺産と無形文化遺産に分けられる。有形文化遺産というのは名の通り、大仏や、寺院など実際に手で触れられるものである。反対に、無形文化遺産は、伝承芸など、先祖代々技として引き継がれていくもので、民謡はこれに当たる。池内先生は有形に限らず文化遺産全体の保護に興味を持っておられ、「ロボットの民謡踊り」には年々継承者が減っていく無形文化遺産を残そうという大枠の目的がある。

【技術】ロボットのなめらかな動きの実行

さて、伝統芸のあの複雑な動きをどうやってロボットが取得するのだろうか。まず考えられる方法は、師匠の踊りの動きをモーションキャプチャ(人間の動作をコンピュータに取り込むための装置。体に直接マーカーを取り付け、その動きを周囲の赤外線カメラによって計測することで動作を取得する。)でコンピュータデータ化し、そのままロボットに踊ってもらう方法である。しかし、このままではうまくいかないのだ。ロボットに踊らせてみると、手を動かしただけでバランスを崩して転んでしまう。さらに、足の動きも加えてみる。すると、状況はもっと悪く、一歩踏み出しただけで転んでしまう。お師匠の動きを完全にまねさせるのは無理なようだ。

踊りには、「留め」と呼ばれる重要なポーズがいくつかある。すべての動きをまねできなくても、この「留め」さえきちんと音楽とともにおさえれば、なめらかな踊りになる。そこで、ロボットの動きをよく観察すると、ところどころ動きが止まるタイミングがあることがわかる。それを「決めのポーズ」と考えて師匠の踊りの「留め」と比べてみる。そしてビートをとって踊ってもらい、同時に止まっているところを抽出する。さらに、踊りの下半身のステップを、「沈み込み」「立ち」「踏みだし」という3つの体勢にモデル化することによって、安定した踊りができるようになる。また、ロボットが倒れないようにする更なる対策として、事前に、常に足の間に重心が入るように計算しておくだけではなく、リアルタイムでバランスを制御することを平行して行っている。

我々はよく聞かれるであろう疑問を抱いた。
Q.伝承芸を伝えていきたいなら、師匠の踊りをビデオで録画しておけばいいのではないですか?

A.(池内先生)もちろんビデオで保存しておくことはできるよね。しかし、ビデオと生で見るのとはやはり違うよ。たとえ踊るのがロボットであっても実際に生で目の前で踊られると感動的なものがあるんだよ。将来踊れる人がいなくなってしまったときに、生で踊りを見られる機会を作っておくのは大事なことなんだ。

先生の答えを聞いたとき、私は報道ステーションで、間近で踊るロボットの動きに見入っていたニュースキャスターの顔を思い出した。

なぜ文化遺産なのか?

我々は、池内先生がなぜデジタル化技術の応用先として文化遺産を選んだのかを聞いてみた。以下は先生が語ってくださった内容である。

文化遺産は、時がたてば風化していくもので、それを「高度メディア空間に 保存・修復・展示」することが大事なことになってくる時代が来た。「あの部分が壊れてしまったので修復したい」というときに、壊れる前にモデル化されたデータをコンピュータから取り出せば元の状態に直せる。これをより良い精度で行うことを目標に、さらなる技術開発にもつながる。

技術の開発というのは、「コスト無視」と「コスト意識」の二つに大きく分けられる。日本のメーカー企業の研究はほとんど「コスト意識」の開発である。しかし、エンジニアの夢は「コストがいくらかかってもいいから世界最高のものをつくりたい」というものだ。「コスト無視」開発の具体例は、「かけがえのないもののための開発」である。その一つは、「軍事研究」。ほとんどの国は、自国を守るためにはお金をいとわない。米国の大学では広く軍事開発のための研究が行われているが、日本ではこれが暗黙の了解でタブーとなっているのでどこもやらない。しかし、「かけがえのないものための開発」にはもう一つ大事な分野があることを忘れてはならない。それは、「環境や文化を守ること」。文化や民族のアイデンティティーを守るために予算を投じることは非常に意義のあることであり、日本の文化を自信をもって発信していくことで、海外の信頼を得ることにつながる。

この研究を続けると、何か大きなことができそうだ。先生に将来可能になることについて具体的なイメージがあるかどうかを伺ってみた。

Q.10年後、この文化遺産モデル化計画はどうなっていると思いますか?
A.(池内先生)将来的に、今計測してモデル化している文化遺産を集めて、バーチャルな博物館が作れたらいいね。もうすぐ団塊の世代の方たちが定年を迎えて、バラエティなどのテレビ番組では興味を満たせない年代の人が増える。文化的な知的好奇心に応えることが大事になるよね。そこで、世界中の遺跡をバーチャルに見学できるような博物館ができたらおもしろい。将来は、このような情報を提供する市場が開拓されると思うな。

私は現在大学生という、比較的自由な時間を多く持っている身分であるので、(経済的な面を除けば)世界中を旅して遺跡はこの目で見たいと考えてしまう。しかし、社会人になったら、また年をとったらそう簡単に海外へ足軽に出かけることはできないだろう。もし先生のおっしゃるような博物館ができれば、自分の興味を満たし充実した時間を過ごすことができる人が増える。そういったものを作れることが、科学技術者としてあるべき姿だと思う。

>>(6)へ

目次へ戻る

このページに寄せられたコメントとトラックバック

*コメント*トラックバック

準備中

寄せられたトラックバックはありません。

このページについて