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MERGE

MERGE成立まで

野村

MERGEができた背景は、どういうものだったのでしょうか。MERGEは、MICROMATの延長と考えていいですか?

長沼

MICROMATは、MERGEの重要な要素ではあるけれども、MERGEの本体は、別にある。本体は、我々日本人がやった、南極微生物の調査。南極や北極に、どういう微生物がいるのかっていうのを調べようというもの。まぁ調べようといっても実際には難しいから、今までどういう人がどういう調査をして、どういう結果が得られたかをまとめようというのが、先にあった。そういう文献調査とか、あるいは特許の方面から調査をして、で、いよいよ北極や南極に行って、微生物の調査をしようというのが、そもそもの始まり。

つまりね、背景から言ってしまうと、今遺伝子資源、生物資源とかいうのが、国家戦略として大事になってきてる。微生物資源というのは、その中でも最たるもの。生物多様性条約ってあったでしょ、あれも結局は、生物資源の封じ込み、囲い込みなのね。いろんな先進国が生物資源に手をつけてる。たいてい、サンゴ礁とかを持ってる国とかが狙われるわけです。国の貴重な財産である生物資源を守るために、多様性条約をやったわけですよ。

それに加入していない重要な国が、アメリカと韓国。アメリカは、もうそういった多国間条約には入らないで、自分が狙いをつけた国と2国間で、1対1で協定を結んじゃうと。

とにかく、南極北極が、重要な遺伝子資源の宝庫だという認識がだんだんでてきた。そんなかでいくつか問題があって、例えば南極条約によって、鉱物資源探査をやっちゃいかんのですよ。鉄鉱石、ダイヤモンド、ウランとか、はては石油や石炭、天然ガスも、鉱物資源なんで、それは探索しちゃいけない。それは南極条約の精神で、いったんみんなが競争を始めたら、戦争になっちゃうから。南極だけは誰のものでもない。ただ鉱物資源がからむと絶対に誰かが、抜け駆けやるんで、それはもう禁止にしたわけですよ。

ただ、生物資源がどうなんだっていうと、ここはまだ決まってないっていうか、南極条約を決めた時点とは、生物遺伝資源なんて頭にないわけね。その資源問題は灰色っていうかまだグレーゾーンなわけね。まさに今そのグレーゾーンの段階で、各国が先陣とって、そっからいろいろ培養資源とよばれるものをばーっととりたいと思ってる。

ただ、行ける国々は限られてるよね。アクセス手段も限られてるし、基地も限られてるから、今持ってるものが勝ち、みたいな感じ。これは明らかに生物多様性条約の精神に反してるんだけれども、とりあえず状況をまずおさえようと。どの国がどういった微生物調査をして、どういった特許をとっているのか、あるいはとろうとしているのか調べようとしたのが、2004年。経済産業省のNEDOってあるんだけれども、NEDOの調査の一環として、南極北極微生物の現状を調査した。

それをさらに発展させたのが、我々日本がうちだしたmicro dual inventory in Polar Regionsっていって、通称microPoleっていうんだけども、これを出した。で、それがIPYの本部から認められて、本格的な研究機関として機能しなさいといわれた。機能しなさいっていうのは、他のちょっとマイナーな弱いプロポーサルをとりこんで、全体で大きいことをしなさいっていう指名が下ったわけです。

当時、ベルギーも、MICROMATを発展させた、やや小さいプロポーサルを出したので、ベルギーのほうに声をかけた。うちと一緒にやろうと。ベルギーも賛成した。あと、イギリスやカナダにも声かけたのね。南極の微生物研究では経験のある国々です。 そんなかでは、誰がトップをとるか、っていうことが難しかったんだけども、日本人のよくも悪くも習性であるところの謙虚さをなくして、IPYから日本が言われたんだからうちがとる、っていうことで、僕がそのときに、ベルギーが国々をまわって、うちがやるからね、って、トップをとったのですよ。

その結果、結局20数カ国、合計のべ100人以上の研究者が集まったでかいものになっちゃって、この際名前も変えようかと。みんなが入ってきたんで、会社でいうと、吸収合併みたいな感じで、MREGE。M&AのMね。あとは適当に、microbiological だのecologicalだのつければいいや、って。それで、Microbiological and Ecological Responses to Global Environmental Changes in Polar Regions(MERGE) っていうのが始まりです。

(※)用語解説

MERGE :Microbiological and Ecological Responses to Global Environmental Changes in Polar Regions の略。長沼先生が国際リーダーをつとめられる、 IPY の中の日本発中核プログラム。20カ国以上が参加し、極地における微生物動態を一気に解明しようとする、巨大プロジェクト。

MICROMAT:Biodiversity of Microbial Mats in Antarctic Lakes の略。1998年から2000年にかけて、ヨーロッパを中心に行われた、微生物の多様性調査。

生物多様性条約:生物の多様性を「生態系」「種」「遺伝子」の3つのレベルでとらえ、(1)生物多様性の保全、(2)生物多様性の構成要素の持続可能な利用、(3)遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分 を目的とする国際条例。1992年5月22日、ケニアのナイロビでコンセンサス採択された。現在、日本を含む180ヶ国以上の国々がこの条約に加盟している。(wikipedia)

南極条約:南極地域(すべての氷だなを含む南緯60度以南の地域)の継続的な平和的利用のため、当時南極における調査研究に協力体制を築いていた日本、アメリカ合衆国、イギリス、フランス、ソビエト連邦(現ロシア)等12か国が、1959年12月1日に南極条約を採択した。条約には、 "南極地域の平和的利用(軍事的利用の禁止)"、"科学的調査の自由と国際協力" 、"南極地域における領土主権・請求権の凍結 "などが掲げられている。南極条約締結国は、現在、45か国となっている。(wikipediaより)

NEDO:産業技術総合開発機構。日本の中核的な技術開発実施機関。研究開発マネージメントの役割を果たす。個々の民間企業だけでは実施できない研究開発を産業界、大学、公的研究機関との広範なネットワークと公的資金を活用して推進している。 http://www.nedo.go.jp/

MERGEの目指すもの

野村

元から極地の研究が進んでいたベルギーとか日本の他にも、エジプトやフィリピンなど、ほんとにいろんな国が入ってますよね。極地の研究が進んでいなかった国では、もともと他国で極地の研究をしていた人が自国に帰ってやりだした、ということなんですか。

長沼

えっと、とりあえず形だけ作って、あとは歩きながら考えることにしたんです。IPY(※)は、2007年から2008年のシーズンという非常に短い時間でやらなければいけないから。去年ばばーっと集めて、予算的な裏づけもない。

IPYは50年に一回の、南北両極の世界的な調査なの。IPYの一つのミッションっていうのは、世界中の努力を、この一瞬に集めること。南極の研究なんて過去100数十年しか歴史がないんだから、IPYは、まだ何回かしかやってないんだよ。 昔は、その当初当初の先進国がやってるわけ。

ただ、50年前になくて、今あるものは、地球環境問題ね。これはもう全ての国の問題なのね。南北両極に携わってきた国々以外にでも。全ての国の問題だから、今まで南極・北極に、いかなかった国々に特に重点的に参加させよう、っていうのが、ひとつの狙いで、今回我々は東南アジアの国々、アラブ諸国にも声をかけてる。それが強みです。そういった意味で、先進国と同時に未経験国、小経験国を積極的にとりこむ。

で、もう一個、50年前になくて今あるものは、インターネット。なので、インターネットを通して、このIPYの成果を広く普及広報していくことも我々の重要なミッションである。それをアルファベット3文字で、EOCと書くのね。"Education outreach and communication" 。だから、こういった取材をしてもらえるのは、EOCの一環としては我々にとっては役に立つ有難いこと。もちろんこれは日本でいうと極地研究所の方にお任せしたい部分もたくさんあるんだけれども、我々研究者レベルでもやっていく。

野村

それは、一つの大きなサイトを作って、その中で、一人ひとりの研究者が発信していくんですか。

長沼

MERGEの場合、トップダウンはやめようと思ってるの。もう南極や北極にいくのも、それぞれの研究チームっていうか、一つのユニットがあるよね。それは個人だったり大きいチームだったりするんだけども、各ユニットにお任せしてます。

で、予算の状況順次わかってくるんだけれども、まぁお金とれたところはもちろん自分たちでいってもらうし、不幸にしてお金がとれなかったチームは、これから行くよ、っていうチームにできるだけ空きベッドとか、そういうものを提供してもらう。まぁ少なくとも旅費位は自分もちなんだろうけども、一応一緒にいくときには、船だったら船のベッド、基地だったら基地のベッドを確保してもらうようなことを考えてる。

MERGEにおいて僕の役割っていうのはたった2つで、一つはハウスキーパー。MERGE全体のお世話役。お世話って言ってもたいしたことないです。僕のとこに集まってくる情報をみんなで共有するだけの話。

それからもう一つは、マッチメイカー。仲人ですね。マッチメイカーっていうものは何かっていうと、色々遠征のチャンスをもっているグループ、あるいはお金をもっているグループがある。そういう人たちが、もし一緒に行動したい人がいたらどうぞ、っていってくれる。これをオファーっていうの。こういうチャンスがあるよ、あるいは、あなたたちがいけなくても、僕たちがサンプルをとってくるよ、とかデータを共有しようよ、とかね。 マッチメイカーの役割としては、一つには、こういうオファーリストを作る。

もう一個は、wishリスト。希望、願いのリストだね。不幸にしてお金がつかなかった人たち、あるいはお金がついても、一つのグループでは全部行けないでしょ。南極も広いしね。日本の37倍もあるんだから。まして北極もある。そうすると、夏は北極、冬は南極。大変なことになっちゃうね。こんなことはまず無理なので、お互いに分担する。お互いにとってきたサンプルをみんなで分け合う。分け合うときに、自分はこういうサンプルが欲しいです!って手をあげる。それをwishっていうんだけども、このリストを作る。

僕の役割は、wishリストと、オファーリストを作って、それをwebsiteに出して、みんなでお互いにマッチメイクしてもらうこと。

野村

そうすると例えば、今までは別々に研究してたからなかなか研究が進まなかったものも、いろんな分野の研究者が同じサンプルを使うことで飛躍的に進む可能性もでてくると。

長沼

そうですね。我々で言うと例えば昭和基地というのがあって、そっからサンプルとってくる。今までの日本の小さいコミュニティーからすると、できることは限られちゃう。このサンプルを世界中の人に分配することによって、一つのサンプルからたくさんの種類のデータがとれるわけね。これが、世界中の各基地で起きるわけ。

それと、一人の人間からすると、僕はある特定の微生物に興味がある。これは今まで昭和基地からしかとってないんだけれども、世界中のサンプルからひとつの微生物がとれると僕は信じてる。こういうふうに、お互いにメリットがある。 それは今までは、パーソナルベース、お友達関係でしかできなかった。だけど今回それが始めてシステムとして働いて、みんなで共有し合えるんだ。

野村

MERGEのプロポーサルの中に、「The program consists of 11 Expressions of Intent 」っていう下りがありますが、このEoI(Expressions of Intent)(※)は、MERGEの中で、どういったものなんですか。

長沼

EoIは、MERGEのオリジナルのコンポーネントと思っていいです。そもそもEoIの中には、もう消えたものもあるし、新しく生まれたEOI的なものもあるし、一つのEoIが分裂したものもある。EoIっていうのは、基本的には一つのグループ。これは各国別だったり、国をまたぐこともあったんだけども、まぁそれはそれとして、実際に予算的な裏づけがないと、どうもなんないわけ。具体的にはレフェリーがつかないわけ。研究費もつかないし。そういった不幸なEoIは消えてく。ただし、彼らの意思は残るわけね。やっぱりexpression of intent 、興味の表明だから、その興味は残るわけね。予算的な裏づけがなくて消えてく運命にあった興味を救おうっていうのが、我々の一つのミッションです。

野村

MERGEは、2007年と2008年に集中してやるわけですが、これが終わったあとに、国からお金がもらえなくなって研究を続けられなかった国のやりたかったことを聞いて、お金のある国がその意志をついで続けられる、ということでもあるんですか。

長沼

そうそう。研究の内容にもよるけども、サンプルさえあればいい、って人がいるのね。自分がわざわざそこにいかなくても、サンプルがもらえればいいって人が一杯いるわけ。あるいはデータがほしい。単にデータがもらえればそれだけでいい、っていう人。

サンプルをもらって、各自が研究してデータが得られるでしょ。論文を書くまでの間は、データの大部分は秘密なわけ。自分の研究室にこもって。論文書いて始めてデータ公開するんだけど、そのタイミングでもいいし、どのタイミングでもいいから、MERGEの中でやってる仕事に関しては、データは共有したい。サンプルを共有することはもちろんだけれども、共有したサンプルから得られたデータはもちろん共有したい。

ただ、その共有の度合いっていうのは個人個人で温度差がある。そのへんの温度差の調整はハウスキーパーとしての僕の役割。 でも、できるだけ公開公表して共有していく。そして2007年、2008年というこの地球の一瞬において、南極と北極における微生物の姿をだしたい。

用語解説

IPY:国際極年。International Polar Year の略。2007年から2008年にかけて行われる。南極・北極の調査を国際的に集中的に進めようという計画。 50年に1度企画され、今回で4回目。

EoI:Expression of Intentの略。MERGEの中の研究単位と思っていい。MERGEは、11個のEoIに分かれている。上では、この名前の由来を聞いている。

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