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シアノバクテリアのタフさはどこからくるかー環境応答現象の解析―

サイエンスの面白さは、ディテールに宿る。火星移住を夢想する前に、実際の研究がどのようなものなのか、紹介したい。

大森研では、シアノバクテリアにおける環境応答現象のシステム解析を行っている。

まず、環境応答現象について説明しておく。

生物個体と同じように、細胞も、明暗の差や温度変化などの周囲の状況に対応していく必要がある。細胞の外からストレス信号を受け取り(input)、応答(output)するのだ。そのとき、細胞内では、シグナルを変換しつつ、情報を伝えていくシグナル伝達系が確立されている。

『Essential 細胞生物学』から、シグナル伝達系の機能について、抜き出してみよう。

1) シグナルを変型または変換して、伝達に適した、応答を引き出せるかたちの分子にする。

2) シグナルを受け取った場所から、応答の生じる場所まで伝達する。

3) 多くの場合、シグナルを増幅する。シグナル強度が増すことで、数個の細胞外シグナル分子でも十分に大きな細胞内応答を引き起こせる。

4) シグナルを配分し、いくつかの反応系に同時に影響をおよぼす。経路の各点でシグナルを分岐し、さまざまな細胞内標的に送り出せる。こうして、情報の流れをいくつかに分岐させて複雑な応答を引き起こす。

5) 各段階とも、別の細胞外シグナルを含むほかの因子からの調節を受けられるようになっているので、シグナルの効果を細胞内外の条件に合わせて特注できる。

                     

(『Essential 細胞生物学 原書第2版』南江堂)

この一連のシグナル伝達系を、カスケードという。

大森研でやっているのは、このカスケードの解明である。環境ストレスを受けて、遺伝子発現序列がどのようになっているか。大森研では、このデータを集め、コンピュータを使ってその理論モデルを導こうとしている。

外界からの情報にどうresponse(応答)するか、これは非常に複雑である。色々なDNAが動かないと、多様なresponseはできない。 例えば、寒くて体脂肪が増加するときには、いろんな代謝系がうごく。 "寒い"というsignalに対して最終的なresponseがでてくるまで、その過程には、脂肪酸の合成、複合脂質、中性脂質合成にかかわる遺伝子など、きりがない遺伝子の働きがある。

さて、この複雑なカスケードのデータ集めには、DNAマイクロアレーという手法を使う。大森研で作成したDNAマイクロアレーでは、スライドの上に、Anabaena(アナベナ)というシアノバクテリアの5336個の遺伝子を個々に載せてある。 DNAマイクロアレーを使えば、ストレスを受けた時に、どう発現するかがいっぺんに分かる。5336個の遺伝子の発現パターンがどう違うか、一瞬にしてわかるのだ。 例えば、"暗い"というストレスを与えると、5336個の遺伝子が、暗いところにおかれたことでどう発現が変化するか全部見えてくる。 大森研では、たくさんの学生が、同じマイクロアレーを使って、同じ手法で、ストレスを変えながら遺伝子の発現・抑制の仕組みを見ている。 一種類の微生物について比較できるデータがこれだけある研究室は、世界でもここだけだ。

お金の問題や技術的な難しさといった問題はあるものの、DNAマイクロアレーをうまく使えば、環境ストレス応答の研究において大きなブレークスルーとなるだろう。

ヘテロシスト

ここで、大森研の得平さんの研究を紹介しよう。得平さんは、大森先生が東京大学の総合文化研究科にいた時の学生だ。 ヘテロシストの研究では、世界でも中心的な位置を占めている。

ヘテロシストとは、異型細胞のことである。先ほど、シアノバクテリアの出現のところで、最初に地球にあらわれたシアノバクテリアには、細胞分化さえみられるという話を書いた。ここでは、そのシアノバクテリアによく似た、アナベナ属を研究対象とする。

普通、シアノバクテリアは、栄養細胞と呼ばれる、同じ形の細胞が連なってできている。ところが、ヘテロシストといって、形が変わった細胞になることがある。ヘテロシストは何のために作られるのか、できた後はどうなるのか、最近までほとんど分かっていなかった。

ヘテロシストは光合成をしないで、空気中の窒素ガスをアンモニアに還元する、窒素固定反応をする。窒素固定反応は、窒素源の供給という点で非常に重要である。海に大量にいるシアノバクテリアが行う窒素固定反応が生み出す窒素の量は無視できない。なぜこんな特別な細胞を作っているのだろう。

ここで問題なのは、窒素固定と酸素を作り出す反応は同時には起こりえないということだ。 ニトロゲナーゼという、窒素固定を行う酵素がある。これは2つのたんぱく質で複合体を作っている酵素である。このニトロゲナーゼは酸素に触れると不可逆的に失活してしまうのだ。 大気中では窒素固定ができないことはもちろん、さらに困ったことに、シアノバクテリアは光合成で酸素を自分で作る。 酸素を作りながら、なおかつ窒素固定をするためには、光合成と窒素固定を空間的に分離するか、時間的に分離するしかない。アナベナでは、前者の立場をとる。空間的な分離をしている。窒素固定だけを行う細胞と、光合成だけを行う細胞に分け、機能分担をするのだ。こうして、窒素固定をしながら光合成をするという、矛盾した生活環をとることができた。(注:時間的に分離しているシアノバクテリアもいる) ヘテロシストは、周囲の環境から窒素源からなくなった時に現れる。普段培地中にアンモニアや硝酸といった窒素源が十分あるときには、窒素固定を行う必要はなく、この場合、シアノバクテリアは、光合成を行う栄養細胞だけがつながったものになる。

ヘテロシストは一度分化すると、栄養細胞に戻ることができず、このまま死んでいく。もしヘテロシストだけになるとシアノバクテリアは全滅する。 現実には、そうならないよう、シアノバクテリアはヘテロシストの量を絶妙に制御している。 ヘテロシストが固定することができる窒素源の量と、他の細胞が増殖していくのに必要な窒素源の量のバランスがうまくとられ、ヘテロシストは大体10〜20個の細胞に一個の割合でできるという。

この微妙なバランスがどう調節されているのか、この事実に得平さんは興味をもった。

窒素源がないというinputから、ヘテロシストができるかどうかというoutputが、どう調節されているのか。

窒素源が不足すると、まず細胞内のC(炭素)とN(窒素)のバランスが変わり、細胞の中にオキソグルタル酸という有機酸が蓄積する。ここで、シグナル伝達の第一段階、シグナルの変換が起きている。"CとNのバランスの違い"というシグナルを、"オキソグルタル酸"というシグナルに変換したわけだ。 次に始まるのはシグナル伝達の第2段階、リレーだ。 2ーオキソグルタル酸(以下、2−OG)が、転写因子NtcAの活性を上昇させる。 DNAのある遺伝子を発現させてたんぱく質を作るわけだが、転写因子というたんぱく質がその遺伝子の頭から少し離れたところに結合すると、遺伝子がたくさん発現するようになるのだ。 (注:地球上の全ての生物の細胞内では、DNAに含まれている遺伝子の中から適切なものを選び出し、それを設計図としてタンパク質をつくる(遺伝子の発現という)。このシステムをセントラルドグマというが、転写因子と呼ばれるタンパク質がDNA上で、選ばれた遺伝子の付近に結合すると、その遺伝子を設計図としたタンパク質の生産量が増える。すなわち、遺伝子の発現量が増加する。)

NtcAは、いろいろな遺伝子の発現にからんでくる中心的な転写因子である。 さらに、得平さんは、NtcAがNrrAを活性化することを発見した。そのNrrAは、今度は、hetRという遺伝子を活性化する。hetRという遺伝子がたくさん動くと、ヘテロシストがどんどんできてくる。

そういう一つのカスケードで、ヘテロシストの量を調節している、というのが、2−OGシグナルカスケード説だ。この2−OGシグナルカスケード説は、まだ完全に証明されてはいないが、謎に包まれていた複雑なカスケードに光を当てた意義は大きい。

シアノバクテリアの強靭さの秘訣は、こうして明らかになりつつある。

写真:得平さんとシアノバクテリア入り試験管

写真:シアノバクテリアを培養している冷蔵庫の中

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