SCImates α2は機能を停止しています。

目次へ戻る

げっ歯類から知る

真社会性を持つネズミ――ハダカデバネズミ

 ハダカデバネズミは名前の通り皮膚に毛が生えていない、生まれたばかりの哺乳類を思わせる体を持ったネズミである。地下のトンネルで集団生活をするこのネズミは、哺乳類には珍しく、真社会性を持つ。真社会性というのは、集団内に繁殖をしない階級が存在する生物のことであり、これを持つ生物は、一部のハチやシロアリなど昆虫に多い。ハダカデバネズミの場合には、女王・ワーカー・兵士の3つの階級があるが、このうちでメスでは女王1匹のみ、オスでは特定の数匹のみが繁殖する。社会性の強い動物にとって、集団内の他の個体とのコミュニケーションを持つことは重要である。地下暮らしで目が見えないこのネズミは、音声によるコミュニケーションを発達させた。そんな珍しいげっ歯類を研究している東金さんに話をうかがった。

写真3:ハダカデバネズミ このように大人になっても毛が生えていない。

ネズミの自己紹介――ソフトチャープ

 ハダカデバネズミは実に18種類以上もの鳴き声を持っている。ケンカをしているときの声だけでも複数あるようだ。しかし特定の状況で発する鳴き声は常に同じものである。つまり状況と音声は1対1対応しており、これは前にも述べたように音声への意味づけという下位機能を持っていることを示している。そこで、このチームではハダカデバネズミの鳴き声の意味について主に研究している。具体的には研究室内に飼っているハダカデバネズミの集団を撮影・音声録音をして、鳴き声と鳴いた状況について調べていくのである。

 このネズミは大変デリケートだということで、今回飼育室には入らせていただけなかったが、ビデオで過去の映像を見せていただいた。ネズミたちは、細いトンネルがいくつも伸びる、地下のトンネルを模したアクリルケースの中で暮らしていた。

 数ある鳴き声の中でも特に興味深いのが、ソフトチャープと呼ばれるものである。これはネズミ同士がぶつかったときに短く鳴く声で、個体によって微妙に異なる。そこで、これはどうやらお互いに身分を名乗りあっているのではないかと考えられている。つまりハダカデバネズミ流の挨拶である。実際、狭いトンネル内で2匹がぶつかってソフトチャープを鳴き交わした場合、その後すれ違う際には、集団内での地位が高い個体が低い個体の上を乗り越えていくそうである。ハダカデバネズミの身分は体重が重いものほど高いため、これは少々哀れに感じられる。このソフトチャープが実際に身分の名乗りあいの役割を果たしているのかを確かめるべく、特定の2匹を連れてきて接触させ、その鳴き声データと体重の相関を見るという実験も現在行われている。

 ハダカデバネズミの鳴き声が生得的なものかどうかについては、未だに確かなことはわかっていない。生まれてからの鳴き声変化を調べてみると、最初は少し濁ったような音を出しているが、だんだんと普通の鳴き声になっていく。これはもしかすると生まれた後に鳴き声の出し方を学習しているのだと考えられるかもしれない。だが、実際には交流のないはずの集団間でも全く同じ鳴き声が使われており、集団オリジナルの鳴き声が発達するわけではないので、やはり生得的なものではないかと予想されている。

説明:ハダカデバネズミのソフトチャープ

家族で暮らすネズミ――デグー

写真4:デグー

 実験対象として扱っているもう1種のげっ歯類は、これまたげっ歯類には珍しく家族単位で生活するネズミ、デグーである。この興味深いネズミに関するお話は、チームでこの研究に取り組んでいる時本さんと南部さんからうかがった。デグーはハダカデバネズミと同様、音声コミュニケーションを発達させており、約15種類の音声を持っており、それらは全て状況と音が1対1対応となっている。デグーの場合、生まれた直後に親から離して育ててもこれらの音を出すことができるため、鳴き声の種類自体はほぼ生得的なものであると考えられる。ただし特定の音声を使うべき状況については学習している可能性がある。その根拠となるのが、求愛の歌だ。

 デグーは求愛するとき、ピピピピピという歌を歌う。実際にデグーを見せていただいた際、この歌を聞くことができた。まるで小鳥が鳴いているような鳴き声で、教えてもらえなかったらそうだとわからなかったであろう。デグーは幼い頃はこの歌を歌わないが、ある程度成長すると、しきりにこの歌を歌い出すようになる。このとき歌うのは決して求愛目的ではなく、どんな状況でもかまわず歌うのである。それがだんだん成長していくにつれて、求愛の場でしか歌わなくなってくる。これは使うべき状況を学んだ結果だと考えられる。ただ、デグーの求愛の歌についてはまだ謎も残っている。それは、求愛をする立場にあるオスのみでなく、メスも歌を歌うということだ。たいていは毛づくろいをしながら歌うようだが、この行動の意味はよくわかっていない。

写真5:ここでは家族単位で飼われている

説明:デグーの求愛の歌

頭が良いデグー

 デグーは最近日本でも知名度が上がってきたが、それは主にペットとしてである。現在に至るまで、デグーを扱った学術的研究はほとんど行われてこなかった。しかし研究が進むにつれ、大変興味深い事実が明らかになってきた。

 第一に、デグーはどうやら音声学習の能力を持っている可能性がある。求愛の歌を歌う状況を学習している、ということもその可能性を示唆するものである。そこで、このチームでは野生のデグーが本来持っていない鳴き声を習得できるかという実験を行ってみた。方法は、どんな音でもよいから鳴けたらひまわりの種を食べられるという訓練をしておき、自発的に発する音をデグーの本来持っていないものにしてみるというものである。結果、ギュっという1種類の音に関しては出せるようになった。だがこれは訓練状況という特別な場合においてのみである可能性も否定できず、未だに断言することはできない。

 また、デグーは大変頭の良いげっ歯類である。というのも、デグーは訓練せずに「入れ子構造」を2段階まで理解できるのである。入れ子というのは、簡単に言うとあるものの中にそれと同種のものが入っていることである。ロシア名物のマトリョーシカ人形を思い浮かべてもらえるとわかりやすいかもしれない。デグーは3つのカップを重ねることで、入れ子を作ることができる。カップA,B,Cが用意されていた場合に、まずカップAとBを重ねて、その重ねたものをさらにカップCに重ねることができるのである。我々人間からすれば他愛もないことに思えるが、これはたいていの動物にとっては大変難しいことなのである。入れ子を訓練なしで3段階まで理解することができるのは今のところ人間だけだと考えられている。チンパンジーの中にもできるものがいるが、これは基本的に訓練を受けた特別な事例なのである。入れ子構造の理解は、複雑な社会関係の中で他者の心を読むことから生まれたという説もあり、これができることは高い認知能力を持つことの証である。言語は入れ子構造を無限に作ることができる。「えさがある」「えさがあると思っている」「えさがあると思っていると思っている」……というように。言語の発達に不可欠である入れ子構造の理解が可能であるげっ歯類、デグーに関しては、今後更なる研究成果が期待される。

目次へ戻る

このページに寄せられたコメントとトラックバック

*コメント*トラックバック

準備中

寄せられたトラックバックはありません。

このページについて