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人類最後のフロンティア―深海

"深海"この響きは妙に私を惹きつける。光も電波も届かない世界。冷たく暗黒で高水圧。海の底ではマリンスノーが静かに降り注いでいる。ユメナマコのように赤くゆらゆら揺れる美しい生き物がいる一方で、奇妙でグロテスクな生き物がいく種も存在する。この神秘的な世界は不思議に満ち溢れていて、人を魅惑する。未知であればあるほど、人は知りたくなる。見てみたくなる。深海は、人に残された地球最後のフロンティアと言ってもいいだろう。

今、世界中で注目を集めている深海の研究者がいる。JAMSTEC極限環境生物圏研究センター地殻内微生物研究プログラムプログラムディレクターの高井研博士だ。

取材前、私が衝撃を受けたのが、高井さんが2004年に発表された論文の内容である。地球上に初めて生命が現れたときと似た環境を有する場所をインド洋の海底に発見したというのだ。この発見は、我々の生命観を根本から変えるかもしれない。生命はどのようにして誕生したか。我々につながる原始的な生態系とはどんなものだったのか。人類が共通して解き明かしたいと願う謎を解く鍵が、インド洋の海底にあるかもしれないのだ。

高井さんがなさっている研究でもう一つ、わくわくするような研究がある。地殻内微生物研究だ。これはまったく新しい研究分野であり、本格的な研究が始まったのは1990年代後半だという。我々が住む表層と隔離された地殻内微生物は全く未知の生物であり、この微生物がどんな種類で、どのような機能をもっているか、どんなライフサイクルなのか、さっぱり分かっていない。こちらも深海に負けず劣らず魅力的な研究対象である。さらに、この研究は、過去の大規模な地球の環境変動を探る手がかりにもなりうる。

最先端の科学技術を駆使して可能になった壮大な研究の数々に私は、高井さんが論文で用いられていた表現を借りれば、「アドレナリンが沸騰するくらい興奮」した。

これらの研究を詳しく説明する前に、高井さんがどのような経緯で極限環境微生物の研究に進んでいったのかを紹介したい。これがまた面白いのだ。

もっと人のやらない面白いことをやらなあかん

高井さんは、京都大学農学部出身。4年生のときに研究テーマで、温泉の微生物研究をされていた。これは温泉に生息する微生物の酵素の耐熱機構を明らかにして、工業的な応用を考えようという研究だ。当時、超好熱菌の環境微生物学や生態学の研究は世界でもほとんど行われていなかったが、超好熱器の有する蛋白質の耐熱性の研究は世界中で盛んに研究されていた。これではどんなに頑張ってもOne of them にしかなれない。学会では、名前すら覚えてもらえない。もっと人のやらない面白いことをやらないといけない。こうして、高井さんはその頃誰も手をつけていなかった極限環境の微生物生態学研究へと向かうことになった。

古細菌発見

時代は少し遡る。1970年代、地球上の極限環境にいる微生物の集団がそれまで考えられていたものと違うことが明らかになった。それまで生物は真核生物と原核生物の2種に分類されると考えられていたが、それらとは違う生物、古細菌が存在することが分かったのである。その頃、古細菌は熱いところ(温泉や熱水噴出孔)にいるため、おそらく地球の最初に誕生した生物の生き残りだろう、といわれていた。これが1970年代における共通認識だった。

ところが、高井さんが酵素を研究されていた時代に、古細菌が極限環境でないところにもたくさんいることが分かってきた。つまり、地球上あらゆる場所にいたのだ。それを探る方法論も出てきていた。

もともと微生物ハンティングをされていた高井さんは、この話に興味を持ち、地球上の誰も手をつけていない環境に、どのような微生物が存在、生息し、その分布や多様性が地球環境とどのように結び付いているのかという生態学やそのころアメリカで勃興してきた地球微生物学という分野に移っていった。

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