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学会を動かした理科離れの提言

そういう創造的な活動をしていた途中で、ものすごい僕らにとって衝撃だったことが起きました。1989年の学習指導要領の改訂です。 理科がものすごい削られたんです。その前の時代に、理科気箸いΔ里あったんですが、それもなくなって、物理の選択者は何してもほぼ100%いたのが、1時間だけは物理をやるというので、100%が30%くらいになった。高校で物理を学ばないって人が大量に現れ始める。

小中学校では、60年代から70年代には1048時間あったのが、780時間くらいに減りました。でも今はそれよりももっと少ない。それはあとで紹介します。

例えば、中学の教科書で、3年の”電流と磁界”というところが、30ページから9ページちょっとになった。大判になったけれども、文章は増えてない。イラストが大きくなったんですね。ところが学習指導要領の中身はほとんど変わっていない。学習指導要領作った人は、項目数減らしました、っていうんですけども、今まで”電流と磁界”のところ、4項目あったんです。減ったかなぁと思っても、4項目が全部一つにつなげただけ。だから、何も変わっていない。ところが時間数が減った。それによって少ない時間数にあわせて教科書も変わってしまった。

これはひどい。僕はそのときたまたま物理教育学会の理事をしてまして、学会誌の編集委員をやってたので、僕が中心になって特集号作りたいと提案しました。中学の教育とこの学習指導要領がどう変わったかを調べて、みんなに原稿を書いてもらおうと。 小学校はそんなに悪くなってないんじゃないかと思ったんですが、やってみたら、小学校もひどい状況でびっくりしました。例えば小学校で扱っていた気体の種類が10数種類から6種類になっていたり。教科書にのってる実験の数もすごく減った。

その当時いろんな人から、国の教育の姿勢がわるい、教育の考え方をちゃんと批判しないとだめだといわれてたんですが、僕は、考え方は通じないと思っていました。新聞者の人の取材に、教育のここがわるいんですって、どんなにいい論理があっても伝わらないだろうから、データで言えることだけにしぼった。何%減ったとか、実験が何%減ったとか、とにかく具体例をだした。そしたら、学会が動き始めた。

日本の理科教育の現状

ちょっと話を変えて、今の日本の理科教育の現状を見てみましょう。

日本では、小中学校での理科の時間が、640時間です。 それに比べイギリスでは、日本の倍以上勉強してるんです。僕がイギリスに留学してたとき、ケンブリッジ大の先生とまわりの学校の状況を調べて、国の方針とあわせて、どのくらいやってるかを、多くしないようにして出したのが以下のデータです。 日本の時間数にして、普通の人が1212時間。理系に行く人は、ほぼ1400時間。

しかもすごく丁寧にです。日本は本当にどんどん進む。イギリスはすごく丁寧に、先生が生徒と議論しながら進めていく。必ず実験があります。 イギリスに行って、うらやましいなと思いました。 日本の小学校では、音楽より理科の時間がすくない、というのが現状です。

比べてイギリスでは、英語数学理科、この3教科が主要教科。その3教科についてだけ、小学校でもナショナルテストがおこなわれ、中学の最終では、もっとたくさんのテストを受けます。それが公表されるので、中学でも高校でも、先生は、理科を学校としてすごく重視してるんですね。

一方、日本は国として重視しない方向にかわった。小学校の先生になる人は、だいたい、工業とか商業でてるっていうよりも普通科でてる人が多いので、小学校になる人が大体どのくらい理科を勉強しているかというと、義務教育と高校で以前は1573時間勉強してたのが、今は780時間です。僕は1573時間勉強して、高校卒業したんだけれども、今大学1年生の人は、最低だと780時間しか勉強してない。文系だとね。

これで小学校の先生になれる。 ということは、これから小学校の先生になる人は、昔の義務教育の理科の時間よりも少ない時間しか接してないということです。これが日本の現状で、これから数10年間、日本はこういう先生を抱えて小学校教育をやっていかなきゃいけない。すごい大変だと思いますよ。小学校の先生で理科が苦手だ、って言う人の数、ものすごく多いんです。文部科学省が調査したデータで、いろんな教科の中で理科が一番やりにくいというのがでてます。特に、小学校5,6年の理科が大変だと。 僕は小学校の先生を支援するプログラムを作ろうと思ってるんですけれども、やっぱり、好きだ、って言う人に先生になってほしいと思います。じゃないとよくならない。

学会声明

で、今のが現状なんですけれども、その当時にまた戻ります。94年に学会が声明を出しました。この、僕が特集を組んだ具体的なデータが学会を動かしたと思ってます。まず、93年に、日本物理教育学会の会長声明。ここで僕は特集を組んだわけですから、学会としてこれはまずいっていうので、声明をだし、物理教育学会がよびかけて、日本物理学会、応用物理学会、日本物理教育学会の3つの学会の会長声明は、共同で行いました。

この3つの学会の会長声明というのを、物理学会でつくる担当者が、教養教育開発機構の兵頭先生。僕と二人で、どうしようかと相談して、で、いいたいことを言うのでは駄目だ、社会が受け入れなければいけない。マスコミはこの声明を見たときに、長いと書かないだろう。じゃあ、新聞や、特にテレビで流すにはどれくらいの長さならいいかとか考えて作ったら、NHKが、5分間これをニュースで取り上げました。ニュースで5分って結構大きいですよ。それからもちろんNHK以外のほぼ全ての新聞が取り上げて、そこから急に取材交戦が始まった。 「本当に理科離れってあるんでしょうか、文部省はないって言っていますが」って、学会に取材にくるんですが、みんな僕のとこにまわってくる。 声明を出してから3ヶ月くらい、毎週何人かの記者と話しました。短い時間で取材して帰った人の記事はいいかげんで、何時間かすごい話した人はすごい丁寧に書いてくれるっていうのが、よくわかりましたね。

その後、理数系のほとんどの学会が1年以内に同じような声明を出しました。これが日本の理科離れ問題の第一弾。一番大きい刺激を与えたことだろうと思っています。93年の12月に、科学技術白書で、若者の科学離れというのも出て、それから産経新聞も理科離れの特集を始めたんですね。

学会が動き始めてから、社会の関心が高まり、今までほとんど使われなかった”理科離れ”という言葉が、マスコミにすごくでるようになりました。


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