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(2) サリバンさんのロボット・アーム

 「考えただけで、その通りにロボット・アームが動くのはなぜか」という点について解説しておく。

 まず、「考えただけで我々の手足がその通り動くのはなぜか」を考えてみる。それは、脳の運動野から、運動指令が発され、それが「脳→脊髄→身体各部の末梢神経へ」と伝わり、神経の末端が各部の筋細胞に接続され、筋肉を指令通り伸縮させるからである。

 この指令をどこかで盗み取り、筋肉の代わりに、筋肉の働きをしてくれるロボット・アームのモーターにつなぐことができれば、ロボット・アームは動くわけだ。先に紹介したシェーピン教授のラットの実験や、シュワルツ教授のサルの実験は、どちらも、脳の中に電極を入れて、脳の運動野から信号を盗み取ったわけだが、サリバンさんの場合は、脳に電極を入れていない。末梢の筋電位から、信号を取っている。

 脳からの運動指令が、末端の筋細胞まで届くと、そこで指令が筋細胞を収縮させる。そのとき発生するのが、筋電位である。

 脳の電極から、身体各部を動かす信号を拾う場合、どの電極から拾えるどの信号が、身体各部のどの運動をもたらす信号なのか、同定することがむずかしい。

 しかし、末端で拾う筋電位なら、身体各部の筋肉の動きと直結しているから、信号と運動の結びつきが簡単にできる。

 この筋電位を、モーターに結びつければ、考えただけで、思った通り動くロボット・アームや、ロボット脚(レグ)を作ることができる。番組で紹介された東大横井研のロボット・ハンドも筑波大山海研のロボット・スーツも筋電を利用することで、頭で思ったまま、ロボットを動かしている。

 筋電をどうやって取るかというと、番組の映像を注意深く見た人はわかるように、皮膚の表面に貼りつけた電極から(横井研)、あるいは、足にまきつけたゴムバンドとの間にさしこんだ薄い金属板の電極で(山海研)などの方法によっている。満淵研のように針電極を体内に刺してなどの方法は用いていない。一般人が一般生活の中で使えるような技術の開発をめざしているからだ。

 サリバンさんのロボット・アームも、筋電を利用しているのだが、この場合は、もっと複雑な方法を用いている。  サリバンさんは事故で腕そのものを失ってしまったから、腕の筋肉から筋電位を取るなどということはできるわけがない。

 サリバンさんの腕の切断面には、たしかに腕の末端までいくはずの神経の断端が残っていた。しかし、そういう切断面には、すぐに肉がかぶさってきて全面をおおい、神経の端も丸まってかたまりになってしまうから、そこから、神経を一本一本ほじくり返してつなぐなどということはできないのである。

 だいたい末梢神経の太さは、太いもので15ミクロン、細いものになると、0.5ミクロン(500ナノメーター)しかないのだ。肩口あたりの神経管の中には、何十万本という神経がつまっているから、一本一本同定して、これは親指に行く神経、これは手首の回転を起こさせる神経などと同定することはとてもできない。それに、そこで神経を一本一本バラバラにしたところで、そこから筋電位が取れるわけではない。

 筋電位というのは、神経が筋細胞に接続して、それを動かすときにはじめて発生するものである。  サリバンさんの義手を作ったシカゴ・リハビリセンターのカイケン医師は、ここで、驚くほどユニークな方法を編みだした。我々の番組の中でCGで紹介されていたように、切断された神経を大胸筋のところに導いて、神経末端を大胸筋の内部に入り込ませたのである。

 実は、切断された神経には自己再生能力があり、いい環境に置かれれば、どんどん伸びていくことが知られている。

 なにかの事故で指が切断されたら、それをすぐ拾って冷やして病院に持っていけば、もと通り指をつなげる手術をしてもらえるということが知られているが、あのとき、神経を一本一本つなぐなどということはしない。大ざっぱに切断面をつなぐと、あとは指の神経の自己再生能力にまかせてしまうのである。そうすると、神経が自分で成長して、自分で連結を回復するのである。

 それと同じことで、切れた腕、手に行くはずだった神経をうまく誘導してやると、自分でどんどん成長して、大胸筋の中に入り込んでいくのである。  それがどれほどうまくいったかは、我々がサリバンさんの胸のあちこちさらると、「そこは手首のあたり」とか、「そこは肘のところ」などと、何の迷いもなく即座に答えたことでわかるだろう。

 神経がそこにつながってしまえば、サリバンさんの胸は、本当に、「そこは手首」「そこは肘」とリアルに感じてしまうのである。番組ではほんのちょっとしかさわってないが、実際には、もっとベタベタさわっているから、手や腕の各部がたしかに大胸筋の各部に移ってしまったということがわかった。

 ロボット・アームを体に着用するときに、胸のあたりをピクピクさせる画面が出てくるが、あのとき、サリバンさんは頭の中で自分の手や腕を動かそうと思っているのだ。その意図で胸がピクピクするのだ。胸の中の、手や腕に行くはずだった神経に乗っ取られた筋肉が、その意図によって収縮しているのだ。

 あのピクピクしているときに、筋電位がどんどん発生しているからそれをロボット・アームのしかるべき場所につなげば、自分の腕や手を動かすように思うだけで、そのままロボット・アームが動くようになるのだ。

 これが、筋電位を取ることで、頭の中で考えるだけで外部機器を動かすようにする仕組みである。

 しかし、頸椎を折ったマシュー・ネーゲルさんのような、四肢完全麻痺の患者は、四肢のいかなる筋肉も動かすことができないから、筋電法を使うことができない。そういう患者は、脳に電極を入れる以外、自分の意志を表に表す方法がないのである。――脳波などほかの手段を使う研究もいくつか行われているが、実用のレベルに達しているものは何もない。

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