言語ができるまで――動物も持つ、言語の萌芽的能力
前に述べたように、言語はヒトだけが持つものである。動物の音声コミュニケーションを指して、「動物のことば」と表現されることがあるが、厳密にはこれは正しくない。しかし、次のように考えることによって、動物の音声研究がヒトの言語研究につながる。言語というものが元々たった1つの能力ではなく、いくつもの言語と関連しない能力が結合することで生まれたと仮定すると、これら一つ一つの能力(下位機能という)がヒト以外の動物にも見つかるはずだ。このように考えて、このチームではヒトだけでなく、言語の下位機能を持つと考えられる動物――ハダカデバネズミ、デグー、ジュウシマツ――も研究の対象としている。では言語を可能にするためには、どのような下位機能が必要であろうか。チームでは以下の4つを考えている。
まず音声学習と呼ばれるものがその1つである。これはその生物が今まで持っていなかった新しい発声パターンを学習して習得することであり、これがあることによって使える音声の種類を増やすことが可能となる。
また、文法を獲得することも必要である。ここで考える文法とは、意味を持たない音要素を複雑に組み合わせ、並び替えることができること、いわゆる形式文法というものである。音声学習と形式文法を持っている動物の代表例としては鳥が挙げられ、チームでは主に鳥の中でもより複雑な文法構造をもつジュウシマツを用いて研究を行っている。
さらに、音要素と特定の状況を対応させて、音要素に意味を持たせる能力も言語能力を成り立たせる上で必須である。この能力を備えていると考えられる、ハダカデバネズミとデグーという2種のげっ歯類を用いた研究も行われている。
これら3つの下位機能を組み合わせる能力が最後の下位機能である。つまり、多様な声、複雑な意味、複雑な文法を統合する能力である。この能力により、音声学習によって音要素が多数存在している状況の下で、意味付けによって特定の意味を持つようになった音要素を、形式文法を用いて複数の要素を組み合わせることで無限の意味を作り出すことができる。複雑な意味と文法を併せ持つ言語だけが真の言語なのである。ヒト以外の動物はこのような複雑な統合ができないからこそ真の言語を獲得できないのであり、今のところこの機能に関してはヒトを対象とするのが唯一の研究方法である。
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