鳥から知る
文法と音声学習能力を持つ鳥――ジュウシマツ
音声学習や文法に関する研究を行っている加藤さんに研究の概要を説明していただいた。この分野では、日本でよく飼育されているジュウシマツと、その祖先種で野鳥のコシジロキンパラの2種の鳥を扱っている。飼育室に案内してもらうと、たくさんの鳥の鳴き声が聞こえてきた。なんと全部で200羽近くも飼育しているそうである。
ジュウシマツは数多くいる鳥の中でも、かなり複雑で文法的な求愛の歌を歌う鳥である。というのも、この鳥は歌の要素を並び替えて歌うのだ。A,B,C,D,Eという要素があったとすると、コシジロキンパラを含む大抵の鳥はABCDEABCDEという特定の順番にしか歌わないのに対し、ジュウシマツはある程度決まったパターンはあるものの、ABABCEECDやBAECBBBなど、要素を組み替えて歌うことができるのである。これは言語の下位機能の1つである形式文法をもっていることの証に他ならない。
また、ジュウシマツの歌は家系によって異なることから、子供が親の歌声を聞いて歌を習得する、すなわち音声学習をしていると予想された。そこで、ジュウシマツとコシジロキンパラの卵を入れ替え、別の種の親に育てさせたところ、コシジロキンパラに育てられたジュウシマツは、コシジロキンパラの単純な歌を歌うようになった。一方で、ジュウシマツに育てられたコシジロキンパラは、ジュウシマツの複雑な歌ではなく、通常の単純な歌を歌った。この実験から、ジュウシマツとコシジロキンパラには音声学習の能力に差があることが明らかになった。
写真2:中央2羽がジュウシマツ、両端がその祖先種のコシジロキンパラ
説明:ジュウシマツの求愛の歌
説明:コシジロキンパラの求愛の歌
歌の神経メカニズム
以上でジュウシマツの歌が複雑であることはおわかりいただけたと思う。今度はこの複雑さがどのような神経メカニズムで支えられているのかを見てみようと思う。
ジュウシマツの脳内には歌に関わる3つの神経核――RA,HVC,NIf――が存在する。実験で、これらの部位をそれぞれ損傷させ、その前後の歌の変化を見ることで、その神経核がどのような役割を示しているかがわかる。NIfを損傷した場合、複雑な構造を持った歌がコシジロキンパラのような単純な歌へと変化してしまう。HVCを損傷すると、特定の音要素の組み合わせが欠落してしまうという現象が起こる。「あいうえお」のは全て言えるのに「あお(青)」という特定の単語が言えないような状態である。また、RAを損傷した場合には、特定の音要素が欠落した。これは「あ」が言えなくなるというレベルのものである。この実験により、RAは音要素を、HVCは音要素の組み合わせを、NIfは文法に関するメカニズムを主に請け負うという3つの階層構造ができていることが明らかになったのである。
現在このチームでは、ジュウシマツとコシジロキンパラの神経回路の違いについて研究しており、将来的にはこれをヒトの言語の階層的な性質の理解にまで発展させることを構想している。
コシジロからジュウシマツへ――進化の謎
コシジロキンパラは江戸時代に飼い鳥として中国から日本に持ち込まれた。以来約250年間ペットとして飼育された結果、現在のジュウシマツという別種へと進化した。だがここで1つ疑問が残る。たった250年(500〜1000世代)の間にこれほどまでに複雑な歌を歌うことが可能になるのだろうか。昔の文献によると、ジュウシマツ飼育家たちは、外見の綺麗さに関しては選別を行ったものの、歌声には関心をはらっておらず、歌に対する人為的圧力がかかっていたとは考えにくい。この歌に関する進化速度の異例な速さに関しては、以下のような仮説が考えられている。
もともとコシジロキンパラは、メスがオスをえり好みするという特性を持っていた。判断基準は主に求愛の歌の文法的な複雑さである。だが歌を複雑化するには、歌の学習に割く時間や、歌っていることで敵に見つかりやすくなるなど、多大なコストを伴う。そこで実際にはなかなか複雑な歌を習得することができなかった。それがペットとなったことにより、野生にいたときと比べて自然淘汰の影響がほとんどなくなった。捕食される危険性も、えさを得るためにかける時間もほぼゼロとなったのである。これにより、歌を学習するのに多大なコストを割くことが可能となった。その結果複雑な歌を歌う個体ほど繁殖に成功し、子孫を残しやすくなった。このようにしてジュウシマツはコシジロキンパラとは比較にならないほど複雑な歌を歌うようになったのである。異様な進化の速さは、家禽化された結果であったのだ。
この仮説はあくまで仮説であり実証はされていないが、研究が進みコシジロキンパラからジュウシマツへの歌の進化のメカニズムがわかったならば、文法の起源の理論が組み立てられるのではないかと期待されている。
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