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オサムシの種分化(久保田助教授)

最後に久保田助教授の研究の話を。「昆虫の最大の面白さは、やはりその多様性にある」と久保田助教授は語る。この研究は、まず種について考えることから始まったという。そしてその応用として、害虫の伝播・分散、保全の研究なども行っている。最終的には、形・遺伝子・生態から進化を考えることを目標としているそうだ。

オサムシって?

実験材料としてはオサムシを主に使う。オサムシは、後ろ羽が退化して飛ぶことができない珍しい虫である。ゆえに、分化がすすみやすく、研究しやすい。

オサムシは箱庭的分化とも言われるほどで、側所的(隣り合っているが混じり合ってはいない状態)に何も存在し、交雑帯もあり、コンパクトな範囲で進化の様子を調べることができる。
アマチュアの中にもオサムシファンは多い。手塚治虫もその名をオサムシからとった。 久保田助教授も、三重で中学高校の教師をしていたとき、アマチュアとしてオサムシの研究をされていたそうである。三重県のオサムシはの分布域が、ジグソーパズル状にはめこまれているため、雑種個体がいる地域も多く、研究には最高の土地だったという。

写真3:マイマイを捕食するオシマルリオサムシ(北海道大千軒岳)

交雑帯

久保田助教授は、学生時代、オサムシのある2の分布の境界で、交尾器が個体によってどちらの生物のものともまったく違う生物を発見したという。つまり雑種だ。そしてこう考えた。側所的に異なる種類が存在するのは、交雑するからに違いない。つまり、右からA、左からBがやってきたとき、間違って2種間で交雑するやつが現れる。交雑帯に存在する雑種個体は生き延びにくいので、雑種個体の数は減っていく。だから、雑種個体がいる範囲は、非常に狭い。ある意味、A種とB種の間で地割れのような個体群の崩壊が起き、そこを境にA種とB種がきれいに分かれるわけだ。

もちろん、2種間の競争のせいもあるが、それ以上に、間違って交配してしまうリスクの方も大きい。競争はあくまで、餌をとれなくなることで死に至り、子孫を残せなくなるかもという間接的な害であるが、交配を間違えるのは、完全に子孫を残せなくなる可能性を高めるのだから虫にとって致命的である。

今では、2種間の配偶行動によるエネルギーのロスのために共存できないのではないか、という説さえある。これは生殖干渉と呼ばれる考え方だ(注:この説はまだ教科書はのっていないらしい)。

実際、交雑帯では、交尾器が種によって異なるために、雌の中に雄の交尾器の断片が残ってしまったり、雄と雌が離れられなくなり死に至るケースも多いという。 それだけでなく、交雑を通じた問題は意外と大きい。前にも述べたように交雑を通じてある種の遺伝子が別の種に伝わってしまう現象がおこる。このため、ある遺伝子による系統解析を行う時、その遺伝子にこの現象がおこっていれば、結果はとんでもないものになってしまうのだ。

また害虫耐性の遺伝子組み換え植物を考えよう。この植物だけ害虫耐性なら問題ない場合でも、もし交雑を通じて野外の植物に害虫耐性遺伝子が広がっていったらどうなるか。虫がその植物につけなくなる。その虫は食べるものが限られ、個体数はぐっと減るであろう。先程も述べたように、数が多いからこそ害虫なのであって、数が少なければ保全対象にもなるのだ。

遺伝子解析

次に、今の種分化の研究方法について伺った。

やはり、昔の研究と大きく変わったのは、生態学の研究室でも遺伝子解析が可能になったことだという。遺伝子レベルで解析できるようになったことで、研究できる範囲は劇的に拡大した。人の目で違いを見るのには限界があるが、遺伝子を使えば、精密に分けることができる。一例をあげると、親子判定ができるような遺伝子が見つかっている。

話が少し飛ぶが、昆虫の交尾器には様々な形をしたものがあり、それについては様々な進化的な考察がされている。たとえば雌雄が何度でも交尾を繰り返すような種について考えてみよう。「メスをガードするのに有効な形に交尾器が進化してきた」とか、「前に交尾した雄の精子を雌の体内からかきだすために雄の長い交尾器が進化してきたのだ」とかいったものがそうだ。しかしどちらにしても、そういう形質が本当に子孫を残すのに有効かどうかチェックしないといけない。つまり、残せていないのなら、それは本当にそういう風に進化してきたとは言えない。このような現象を検証するために先程の親子判定の遺伝子解が有効になる。

しかし、気をつけなければいけないのは、遺伝子解析は、系統学、生態学では、あくまでツールだということだ。虫の実態を知らないために遺伝子解析で出てきた結果を正確に考察できないと、とんでもない誤解をしかねない、と久保田助教授は指摘される。

そして、もう一つの問題は費用だ。塩基配列を自動で決定できるシーケンサーという機械は、一千万以上する。ランニングコストも馬鹿にならない。しかも実験には手間が相当かかる。

写真5:シーケンサー

ツヤハダとキボシ

種の問題の応用として害虫の伝播・分散を扱う話もある。

中国寧夏森林保護研究計画の一環として、ポプラの木の害虫であるカミキリムシの調査が行われた。
北には、白い斑点をもつツヤハダゴマダラカミキリ、南には黄色い斑点をもつキボシゴマダラカミキリが存在する。今までは、両者とも狭い範囲に生息していたが、最近中部で両者が混棲していることがわかってきた。薄黄色の斑紋がある中間的な個体も見つかっている。

実は中国では、中間体は、北のカミキリと南のカミキリとは完全に別種だと考えられていた。でも実際には種間雑種である可能性が高い。

今では殺虫剤を一斉にまくような害虫防除はほとんどされない。虫の生態を利用して効果的な防除を考えるのである。したがって種間雑種なら害虫の防除法も考え直さなくてはならない。北のカミキリに効く防除法が種間雑種には効かないかもしれないからだ。さらには、種間雑種が持つ加害性も変わってくるだろう。そこで、形態学的、遺伝学的解析を行い、両種の種間関係を明らかにしようというのだ。

  

写真6:中国産ゴマダラカミキリ

>>これからの研究は…

文責:野村 直子

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