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家先生の講演内容
ページ先頭へ↑家 正則 国立天文台教授・東京大学 |
すばる望遠鏡(担当:野村)
ページ先頭へ↑すばるができるまで(つづき)
ページ先頭へ↑最初の難関、ガラス製作
↑主鏡のガラス製作は、ニューヨーク州のコーニング社が担当した。先に述べたように、気温が変化しても伸び縮みしない、熱膨張率が限りなく低い(一億分の一以下)ガラスを作らなければいけない。コーニング社は今までに、何千枚という鏡を作ってきており、鏡作りの技術に関しては、コーニング社に及ぶものは数えるほどしかない。
直径8mのガラスを作ることは不可能なため、小さい鏡をはりあわせて大きい鏡をつくることにした。
こういうと簡単なようだが、実際には、次のように、聞いただけでうんざりするような複雑な工程を踏まなければいけない。
まず、原材料からブールという原型材をつくる。
「プラスの膨張係数をもつ二酸化珪素(92.5パーセント)とマイナスの二酸化チタン(7.5パーセント)。純水、純度の高い二酸化珪素と二酸化チタンを高温ガス化し、それを1500度の炉内に噴出させる。高温ガスの状態で空中で化学反応を起こさせると、一ミクロン以下の大きさの溶けた粒子となってポタポタと一滴ずつ落ちてくる。それを集めて、まずブールが作られる。」
『巨大望遠鏡時代』(野本陽代、岩波書店)より引用。
そして今度は、ブールを3重にかさね、それを2つに分割し、はじを切り、円を六角形にする。六角形44個を組み合わせて、巨大な円をつくる。(37個は六角形のままならべ、残りの7個は2等分したり3等分したりして、組み合わせる。)
このあたりも、原型材を作ったのと同じくらい複雑な工程を必要とするが、分かりにくくなるので、詳細はここでは省く(『すばる望遠鏡』、『巨大望遠鏡時代』、『世界最大の望遠鏡「すばる」』などに詳しくのっているので、参考にしていただきたい)。
次に降りかかってくるのは、最適配置の問題である。六角形のガラスは、それぞれの熱膨張率に差があるため、精度を上げるためには、できるだけ全体に均一になるようにしなければいけない。小さいガラスの最適配置を考えると、10の37乗というとんでもない数になる。ここで活躍したのが三菱電機。最適配置の解をだすアルゴリズムが考え出され、無事、その解が求められた。
さて、こうして四苦八苦してできあがった平面のガラスを、凸型の煉瓦の台の上で熱し、だれさせてメニスカス状(皿状)にし、やっとガラスが完成した。
すばるを運ぶ
↑今度は、できあがった鏡を研磨工場に運ぶ必要がある。これが大変だった。なにしろ、口径8メートルの巨大望遠鏡。鏡だけで23トンある。アメリカニューヨーク州のコーニング社からペンシルバニア州にあるコントラベス社の研磨工場まで輸送するのに、3週間かかっている。
陸路には交通規制がかかるため、できるかぎり水路で行こうと決めた。この運搬時の様子が、水路、陸路ともに写真ででているのだが、その大掛かりな運搬に驚く。陸路では、パトカーや報道車両、予備のトラックなどで1km以上の隊列が組まれたという。
ちなみに、水路では、波の高さが2mという大嵐だったそうだ。ちょうどメキシコ湾に猛烈なハリケーンがやってきていたところだった。このときの様子を、日本通運重機建設部の松本佳英氏が、このように述べている。
「ケアロの南のメンフィスまで船がさしかかった時でした。これより下流へ動いたら危ないから、まずポスティングして、一晩くらいたったところで、やはりこのままじゃ危ないかもしれない、逃げろ、という話がでてきました。ハリケーンから逃げるためにも、もしかして、一旦下った川をちょっと上げる方がよいかどうか、という連絡が入りました。私は携帯電話で船長と話し、船長には24時間体制で船に付いていてくれ、と頼みました。」
船長は命の安全を第一に考え、詰まれたものは無視してみなで避難するのが普通である。それをなんとか頼み込んだ。このときの緊迫感が伝わる一節である。
なお、ハリケーンはその後すぐにそれ、人もすばるも無事だった。
ガラス研磨
すばるの主鏡は、広い視野でシャープな像を結ぶ双曲面の形状をとっている。表面を完全な曲面に近づけるまで研磨する。研磨すると同時に、表面の精度(平らになっているか)を測らなければいけない。精密さを要求される大切な工程である。研磨場所にまで、細かく注文がつけられる。研磨場所として重要なのは、温度が年間を通じてあまり変化しないこと、測定の妨げとなる振動が少ないこと、精密測定に必要とされる直径10メートル高さ30メートル以上の空間が確保できること、の3点である。高さ30mと書いたのは、主鏡の中心で回転双曲面はほぼ球面となり、その曲率半径が30mだからである。主鏡の上30mの高さから主鏡を照らすと、光はほぼ同じ場所にかえってくる。これを利用して鏡の形を測る。
さて、表面が磨かれたら、今度は裏だ。裏には、鏡の3分の2までくりぬかれた穴が261個あいている。(穴についての説明は、つぎのアクチュエーターの説明をみてほしい。)もともとの厚さが20センチなのだから、穴がくりぬかれた箇所は、厚さ約7センチしかない。ちょっとでも扱いを間違えれば、ぱきっと割れてしまう。厳重にパッドに包み、反転箱にいれて、それを10度回転させるごとに止めて点検したという。裏返しの作業だけで2週間かかっている。
1998年7月、研磨が終了した。鏡面誤差12ナノメートル。紙一枚の厚さの一万分の一の誤差である。
アクチュエーター
鏡作りでもうひとつ欠かせないのが、アクチュエーターだ。
簡単に言うと、アクチュエーターは、鏡を裏から支えつつ、鏡のゆがみを測って、即座に鏡の変形を直す、最新鋭のロボットの指である。一つの大きさの長さは1メートルで、70kgから150kgまでの力を自由に操り、しかも5gの力の差を感知する。
すばる望遠鏡には、アクチュエーターが、261個ついている。ただ裏にはりつけるだけではなく、鏡の厚さの3分の2の穴をくりぬき、そこにアクチュエーターをはめ込む、という方式をとる。この方式で鏡のゆがみを最大限に抑えることができる。
察しがつくと思うが、これを可能にするには、261個のアクチュエーターを作りはめこむ作業だけでなく、261個の穴を開けるという大工事が必要となった。
ガラスづくりでも、ガラス研磨でも、その他の部品作りでも耳を疑うような精密さ・根気が必要とされた。頼まれた会社は、無茶をいうなと思っただろう。
実際、無茶なのである。鉄鋼構造体つくりを担当した川鉄マシナリー水島事業所の福寿喜寿郎氏が、頼まれたときのことをこう語っている。
「あるとき、三菱電機の技術陣が訪ねてきて、『三菱は<すばる>という計画を請ける可能性があるが、そのときはお宅で大型の鉄鋼構造体をやってくれるか」と言われました。半分嘘みたいなオーバーな話でこちらも半信半疑でしたが、『いいですよ、注文をお取りになったらちゃんと聞かせてください』とこたえました。半年後、図面を前にして具体的な相談に入りました。『非常に薄い鋼板を使って構造体は作れますよ、ただ、まさか、これにSRをやれと言うんじゃないでしょうね』『いやその<まさか>なんですよ』という訳です。『検討します。ただ、SRやるとなるととんでもないことになりますよ』と言ったら、三菱さんのエンジニアはニヤリと笑って『そう、とんでもないことになるんや』と答える。」
『宇宙の謎に迫る日本の大望遠鏡「すばる」』(唐牛宏、誠文堂新光社)より引用
すばるは、それを作る全ての工程が、これでもか、これでもかという細かさとの戦いの中で生み出された芸術品なのである。
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