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2 チューリング・テスト

瀬名フランシーヌって言う女の子の話をバトーがしていましたけれども、あれは哲学者デカルトの愛娘が五歳で死んだときの話なんですが、あれは伝説で、実際に証拠立てるような文献はないんですね。日本では澁澤龍彦さんが本の中で紹介して、それで広まったらしいんですが、出典は良くわからないし、デカルトのことを研究している哲学者の人に聞いても、あの噂はどこから出た話か知らないといってました。かいつまんで説明しますと、デカルトは愛娘が死んで、とても悲しんだ。それでそっくりの人形をつくって、トランクにいれて持ち歩いていたと。ある時デカルトが海を渡ってどこかの国に行く時にトランクを持って行ったんだけれども、海が大時化で、船乗りたちがフランシーヌの人形の呪いがあるから不吉なことがあるんだといって人形を海に捨ててしまう。そうしたら嵐がやんで船が沈まずにすんだと。心身二元論を唱えたデカルトが娘の人形をつくったというのがおもしろい。最近では、「からくりサーカス」というマンガでも言及されています。
櫻井瀬名さんがデカルトの話をする中には、そこから当然作品の中にもデカルトを意識した主役、あるいはライバルに相当するキャラクターを、フランシーヌ…。
瀬名そうですね、僕の「ケンイチ君シリーズ」に「デカルトの密室」という小説があるんです。ロボット研究者の人が自分の子供のようにロボットを育てていく話で、敵役がその研究者に挑戦してくるんですが、その敵の一人にフランシーヌ・オハラという女性研究者がいて、彼女はある病気で、自分が心を持っていること、他人が心を持っていることがどうしても理解できない。何とかしてその感覚をつかみたいので、相手の表層を、行為そのものを、ロールプレイのようにみていくことで、相手の気持ちを探ろうとする。そうすればそれなりにコミュニケーションが成り立ってしまうんだから、実際に心があるかないかなんて考えなくてもいいでしょ、と主張する。主人公のロボット研究者たちは「ケンイチ君」を人間のように育てて生きたいと思っているんだけど、フランシーヌは逆に、自分は機械のようになって行きたいと思っている。そういうことでフランシーヌさんとデカルトがつながる。
そこでチューリング・テストの話になるんですね。櫻井さんも「STAND ALONE COMPLEX」の中でまさにチューリング・テストによく似たストーリーを書かれていました。
櫻井そうですね。今回対談にあたって、何回か瀬名さんと事前に何回もメールでやりとりさせていただいたんですけど、まず「デカルトの密室」のなかですごく興味深い部分があって、最初が『メンチェルのチェスプレイヤー』っていう話なんですけど…これオチバラしちゃってもいいんですかね。
瀬名いやぁいいですよ(笑)。
櫻井作品の中にでてくるケンイチ君が、実はロボットだったって言うオチがあるんですね。で、一人称が「ぼく」なんで、伏線は張ってあるけどばれないようになっている。で、次の話の『デカルトの密室』では、ケンイチ君の作っている人間の祐輔って言う研究者がいて、その祐輔君を「ぼく」で登場させるんですね。段落というか文節ごとに、「ぼく」っていうのが、祐輔のこともあれば、ケンイチのときもあるんです。「あれ、ぼくって言ってるんだけど背中の電源をさわってる…あ、これケンイチね」とか、逆に「ケンイチだな」と思って読んでると「あ、これ祐輔だったのか」っていう風に、読み手を混乱させるように作ってあって。次々に変わる一人称の担い手がいて、それがどのキャラクターなのかを探るべく文章を読み進めていく視点っていうのが、非常にチューリング・テスト的な感じがして、すごく面白いなぁと思いました。
瀬名ここでチューリング・テストの説明をしますが(下図を指して)、ついたてがあって、こっちから先は見えないんですよ。AとBというブースの、どっちかにコンピュータ、どっちかに人間が入っていて、判定員Cがどちらが人間でどちらがコンピュータかを判定する。判定員CからはAもBも見えないんだけれども、インターネットのようなもので部屋はつながっていて、文字で会話できる。例えば「今日はいい天気ですねぇ」といったら、「そうですね」という具合に。その会話をしていくことで、相手が人間かコンピュータかを判定する。
このアラン・チューリングというのは数学者なんですが、ゲイだったんですよね。茂木健一郎さんが対談の席で言っていたことで面白かったんですけれど、チューリング・テストは元々、男と女の違いってなんだろうかという問題意識があったんじゃないかって。チューリングの論文を読みますと、まず判定者Cが「あなたの髪の毛の長さは」と尋ねていて、AとBのどちらが男でどちらが女かを当てるゲームから話が始まっている。男は女の人のフリをして、「長いよ」とうそをつくかもしれない。じゃあこれを機械に置き換えたらどうだろうかと、コンピュータの話になってゆく。チューリングがそういう経歴だったから、こんなテストが考え出されたじゃないかという話をしていましたね。
櫻井なるほどそれはありえそうですね。あの人は確か、自殺、
瀬名自殺っていうかちょっと正体不明ですね。死ぬ数日前に、ジプシーに何か予言をされて顔が真っ青になっていたらしい。
櫻井すごいですね、数学者なのに。
瀬名で、チューリング・テストは1950年の論文なんですけれども、この論文が優れていたのは、外からみて人間と同じようなことができるコンピュータがいたら、人間と同じ知能を持っているといえるんじゃないかと、知能の定義を変換しちゃったって言うところなんですね。
櫻井まさしくそのとおりですね。
瀬名僕の「デカルトの密室」でもちょっとひねったチューリング・テストがでてきて、櫻井さんの「STAND ALONE COMPLEX」の中の『ささやかな反乱』というのにもこのチューリング・テストのような状態が登場する。
櫻井さっき手を上げていただいたら「STAND ALONE COMPLEX」観てるかたあまりいらっしゃらなかったので、一応ちょっと話をさせていただきますと、『ささやかな反乱』っていう回があって、ある青年が女のアンドロイドと逃走して、世界中にある、自分の持ってるそのアンドロイドと同じ型のアンドロイドを全部壊しちゃうという話なんです。逃げてる理由っていうのがよくわからないんだけど、捕まえてみると、自分の好きな女の子、つまり自分のアンドロイドに変質的な愛を抱いていて、ものすごくその女の子が好きなのに、他に同じタイプのアンドロイドが世の中にいっぱいあるというのが許せなくて、ワンアンドオンリーの女の子にしたかったんで他のロボット壊しちゃったと。それで、途中何度か青年とアンドロイドしゃべるんですけれども、それが全部映画からの引用台詞で構築されていたって言うのが、最後にわかる。愛を語るようなセリフを二人でしゃべってたんだけど、それは全部ある映画からの引用台詞だった、でも最後に一個だけ引用台詞じゃない台詞をしゃべっていた、っていうような話なんですけど。これを書いたときには、僕はチューリング・テストのことを考えていたんです。よっぽどのゴダールオタクでもない限りは、それがゴダールの映画のセリフからの引用だったって、たぶん途中まではわからないと思うんですよね。
瀬名『勝手にしやがれ』。
櫻井そう、『勝手にしやがれ』からの引用なんですけど。心が通い合っているように、成立しているように見える会話が、ただの引用だった、っていうところがいってみればチューリング・テストっぽいイメージになっていて。
瀬名あれで面白いと思ったのは、彼らは映画からの引用で話をすることによって何をしようとしていたのか。つまり、彼らは自分の言葉でしゃべっていないわけですよね。映画からの引用でしゃべりながら、他のロボットとではない、そのロボットの愛をみつけだそうとしていたんですよね。
櫻井ロボットの側から言えば、基本的にプログラムでしゃべっているだけなので、青年がひたすら部屋で映画をみせたためにその語彙しかしゃべれないような感じだと思うんですね。青年は青年で映画好きなので、映画と同じようなシチュエーションをなぞりたかったっていうことも、想定できるのかなぁって気持ちはあります。
瀬名つまり彼らが映画のストーリーをなぞることで、アイデンティティがうまれてきたわけですね。そこがすごく面白いところで、今日の話は人とロボットとかコピーとオリジナルというテーマなんですけど、そういうところにも通じる話かなあと思います。映画のストーリーをなぞっていくことで、追体験していくことで、その中に彼らのオリジナルのものを見出そうとしているってところ。
先ほども話しましたが、「デカルトの密室」で、フランシーヌと、ロボット工学者の祐輔と、もう一つコンピュータが入って、三つでチューリング・テストをやる。なにをやるかというと、人間らしさを判定するんじゃなくて、機械らしさを判定する。機械のふりをして、一番機械らしいのは三つのうちどれかを判定するという、チューリングの逆バージョンをやる。で、主人公は悩み始める。どうやったら自分は機械らしいということが表現できるだろうか、例えば、スペルミスをするのは機械らしいか機械らしくないかとか。機械だってスペルミスをするようなプログラムを作ることは可能なわけだし。心がないフランシーヌは、ネタバレをしてしまいますが、「不思議の国のアリス」の中から台詞をとってきてどんな台詞でも答えるという方法をとる。まわりで判定している人たちは人工知能の専門家たちなんだけど、全然そんなことには気がつかなくて、素人の人に指摘されてようやく気がつく。
櫻井あれすごい面白かったですね。ロボットらしさを三人に競わせて、それに順列をつけると、逆に誰が一番人間らしいかっていうこともわかるんで、要するに同じことなんじゃないのっていう逆転の発想が面白かったということと、ロボットらしさや人工知能らしさをだすためのスペリングミスとかっていうことが。実際今行われているチューリング・テスト大会ってあるんですよね。
瀬名はい、「ローブナー・コンテスト」っていうのがあるんですよね。
櫻井そのコンテストの中でもしょっちゅう使われている手段で、質問者がわざとスペリングミスをして、どうやってコンピュータがそれに対処していくか、「スペリングミスしているよ」って言うのか、間違ったままで応答するのか。瀬名さんの話に戻るんですけど、アリスから引用するっていうのがすごく面白いなと。引用のみで台詞を構築するっていうのは、オリジナルとコピーということから言えば、なんかロボット的な人工知能的な感じがするんですけど、でも引用をアリスの中から持ってこようと思った、そのピックアップはどうなのっていう。
瀬名アリスでやるぞって決めるところがね。
櫻井一旦アリスに決めたら、どこの台詞を当てはめたらアンサーになりうるだろうかを選ぶって言うハードルを自分に課すところが、すごく人間的な感じもするという感覚を、読者に与えたと思うんですね。
瀬名そこを評価してくれたのは櫻井さんが初めてかなぁ。あそこのシーンは書くのが非常に難しくて、ていうか「デカルトの密室」は書いていくうちにだんだん自分がロボットになっていく感じがしたんですね。

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