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3 不気味の谷・タチコマ

瀬名攻殻機動隊「STAND ALONE COMPLEX」でも櫻井さんは、ロボットのタチコマが重要な役割を担う回を多くやってらっしゃいますけど、あの時にもロボットの気持ちを忖度しながら書いていったって言うのは多分あると思うんですね。『機械たちの時間』って回がありますよね。あそこでタチコマという、人間も入れる自律型戦車、クモみたいな形をしているんですけど、そのタチコマたちがわらわらと集まって話し合いをする。その中に一機、バトーの専用機があって、その専用機がバトーさんからもらった天然オイルをもらったことがきっかけで個性を持ち始める。一つが個性を持つことでだんだんみんなが個性を持つようになる。タチコマ同士で自分たちが最近個性を持ち始めたことがバレているということを会議するっていう面白い回があるんですけど、僕はこの『機械たちの時間』をすごく興奮しながらみたんです。機械同士がだんだん個性を持っていく、全部コピーだったものが少しずつオリジナル性を持つっていうところとか、『機械たちの時間』の脚本練るにはかなり大変な作業だったんじゃないでしょうか。全部ほとんど同じだったものが少しずつ違ってくるわけですよね。キャラクターの違いの出し方っていうのはどういう風にやってらっしゃったんですか。
櫻井一応当時書いていた論文と平行するかたちでドラマを書いていたので、言いたいことがいくつかあって。この台詞とこの台詞は同じタチコマが言っているとは思えないな、っていうことから、ならべくキャラが分散するようにしました。タチコマたちを描き始めるのに参考にしたのは、森政弘さんの提唱している『不気味の谷』で(図を指して)、人間の姿に似てくれば似てくるほどロボットに対する愛着って言うのは上がってくるんだけれども、ある一定ラインで似てくるとスコーンって親近感が落ちる。
瀬名横軸が人間との類似度を示していて、右に行くほど人間に近づいていくって事ですね。左側の0がほとんどロボットで、グラフの右端はほとんど人間。縦軸が人間との親和度、親しみやすさ。
櫻井ある一定まで人間に近づくとちょっと嫌になる。それが死体やゾンビを彷彿とさせたりするんじゃないかってことがいわれているんですけど、タチコマたちも、自分たちがぎりぎり今まで許されていたのはクモみたいな形をしているからで、人間っぽい形を獲得するとやばいかもしれないからちょっとロボットっぽいふりしようぜ、っていう話をするわけです。
瀬名みんなでロボットのフリをするという。
櫻井ロボットのふりをし始めると。で、もうロボットっぽさって今となっては覚えていない。キミはロボットっぽくないだろ、とかって言われたりするシーンがある。
瀬名あと、ロボットが人間に近づいているとか、人間がロボットに近づいているとか、どっちかっていう台詞がでてきますよね。
櫻井それは当時考えていたことで、W-J・オングという言語学者が「声の文化言葉の文化」という本の中で、オラリティー(話し言葉)と、リテラシー(書き言葉)について書いていて、会話というものが人間の本拠地としてスタートしているわけだけれども、それをコピーする目的のために発明された文字っていうものの存在に、オリジナルの会話が引っ張られているんじゃないかと。オリジナルのコミュニケーションの作法である会話というものが、コピーである文字によって、引っ張られている、変容しているんじゃないかってことです。
瀬名コピーが文字としてはっきり見えちゃうから、オリジナルで考えていたことがそれに引っ張られちゃうですね。
櫻井そうですね。文字を持たないコミュニケーションの文化というものを、文化人類学的な事例をあげながら書いているんですけれども、挨拶であったり、いくつかの常套句であったり、会話表現っていうものによって成り立っている会話「どこどこに食べ物がある」「どこどこになにがある」といった簡略な会話が、非常に論理的になっていき、あたかも書くかのようにしゃべるようになる。ちょっと脇道にそれますが、J.ラカンが、日本人は文字を想定しながらしゃべるというんですね。彼が言うには、日本人には精神分析なんかいらない、なぜならば日本人はしゃべる時漢字が思い浮かんでいるだろうから、なんてことを言っていて。
瀬名本当かなぁ。
櫻井例えば「存在」っていうときにひらがなを思い浮かべたりカタカナを思い浮かべたりしないでしょう。
瀬名あ、でもねえ、ちょっと外れちゃって申し訳ないけどいいですか。
櫻井あ、いいです。
瀬名作家になり始めのころですね、編集者と喫茶店で打ち合わせをするじゃないですか。そうすると、編集者っていうのは何人もの作家を担当しているので、他にどんな方を担当されているんですか、って聞いてみると、いや、何々さんとか何々さんですよって言われるんですけど、僕は咄嗟にその名前がわからなかったんですよ。例えば、ええと、誰でもいいんですけど、「イノセンス」の前日譚を書いている山田正紀さん。僕は山田正紀さんの担当をしていますよ、って言われた時に、僕は山田さんの書いた本を読んでいて、山田正紀って言う文字を本の表紙でずっと前からみていたのに、声でヤマダマサキって言われた時にわからなかったんですよ。で、ようやく漢字を書いてもらって、「ああこの山田さんね!」とかいってね。
櫻井なるほど。じゃあ日本人にも精神分析がいるって話になると思いますけど(笑)。
瀬名つまりその時までは山田正紀さんについていろんな人と話す機会があまりなかったんですよ。だから、文字と言葉が一致しなかったんじゃないかなあ。例えば「存在」とかだったら、かちっと一致してくると思うんですけどね。
櫻井なるほど。
瀬名でも、コミュニケーションの話は面白いので、今日の後半でぜひお話したいと思います。 それで、先ほどの『不気味の谷』でお聞きしたいことがあって、これって、なんで不気味なのかっていうことが、まだよくわかってないわけですね。本当は『不気味の谷』なんてないんじゃないかって言う話もある位なんですけれども。櫻井さん、ここには本当に『不気味の谷』があると思われますか。つまり、ロボットをどんどんどんどん人間に近づけていくと、『不気味の谷』は本当に表れると思いますか。
櫻井いや、あのー、少なくともこんなに下がることは、親近度が0以下になることはないと思います。あと、ロボットに接している頻度ってものが非常に大きくなってきて、生まれて初めて精巧な人形をみた感覚と、そういうものが一般的にあふれてきてしまってから見た感覚はまたちょっと違うような気がします。ある程度慣れのような気もするんですけど。
瀬名まあ確かに、イノセンスにでてくるガイノイドは少々気味が悪いけど、その気味の悪さは『不気味の谷』の気味の悪さなのかって言うのに疑問があります。先ほどの森政弘さんの話の中で重要だったのは、動かないやつより動くやつのほうが不気味っていうのが大きいところだと思うんですね。
櫻井死体よりもゾンビのほうが気味悪いのは、死体が動いているのがゾンビだから。だから、静止している人間に似てるロボットよりも、動く人間のロボットのほうが怖いんじゃないか。
瀬名僕がいま書いてるのは、違和感についてのノンフィクションなんですよ。なんで違和感を覚えるのかっていう。例えば、『不気味の谷』という説自体がフェイクだと。これはある人が指摘していたことなんですが、ロボットと人間をゼロから百まで数値的にはとれない。本当はロボットと人間は独立したものなのに、このグラフはそれをつないで描いているからあたかも不気味の谷が存在するような錯覚を覚えるけど、これはフェイクなんじゃないか、という。で、じゃあこういうのを実際に作ってみようって人がたくさんいて、実際にCGでつくるわけですね。左側にロボットの顔を置いておく。右側に人間の顔を置いておく。それで、モーフィングでだんだんだんだん形を変化させていきますよね。そうすると、不気味にならないんです。たんにロボットと人間の顔が混じった状態になるだけ。これは家族的類似性というパラドックスなんだそうです。難しい話になってきますが、コップとお皿があって、コップはコップ、お皿はお皿と僕らはすぐ認識できる。だけれども、両方とも物を入れるものじゃないですか。モーフィングでだんだんコップをお皿に近づけていくと、どこまでがお皿でどこまでがコップなのか僕らは判別できるかどうか。しにくいと思うんですね。こういうのを家族的類似性というんです。で、ここからが不気味の谷の面白いところなんですけれど、違和感とか不安感って言うのは、途中が微妙な感じになるから生まれるんだと思うんだけど、お皿とコップの中間は別に不気味じゃないですよね。
櫻井不気味じゃないですね。
瀬名じゃあ、どうして不気味さが生まれるのかっていうと、『不気味の谷』は人間とロボットだから起きる。つまり、皿とコップじゃなくて、一方に自分が含まれちゃう。人間というカテゴリーの中に自分が。ロボットから人間に近づけていくと、自分と他のものがだんだんだんだんモーフィングしていくというイメージになっちゃうんで、不気味なんだと思うんですよ。二つのカテゴリーがコップと皿だったら、客体化されているんだけれども、人間というと自分が入り込んじゃう。
櫻井つまり、人間がどこまで機械的なものに代替できるかということにたいする不安感が、不気味さを生んでいると。
瀬名そうですね。人とロボットの間の不気味さっていうのは自分の主観というか主体というのが、あるからじゃないかと。これっていろいろと応用が利いて、たとえば生きているのと死んでいる中間の不気味さ。胚と胎児の中間をどこで決めるかという不気味さとか。

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