瀬名 | 先ほどの一人称の話に戻りますと、「デカルトの密室」ではロボット工学者の祐輔がロボット・ケンイチのふりをして小説を書いている。その実、ケンイチが祐輔のふりをして書いているのかもしれない、という叙述トリックがある。これは小説の場合、一人称の交換をやれば表せる。それがミステリーの中でも肝になる部分なんですけど、それをアニメで表そうとするとなかなか難しいと思うんですけど。 |
櫻井 | そうですね。ああいう叙述トリックのようなものは、ヴィジュアルを伴うとなかなか表現しづらいことだと思います。チューリング・テストを、瀬名さんのお書きになったように被験者の側から一人称の視点で読み進めていくと、「ぼく」って言ってるやつが、外界に対して自分がどういう変化を起こしているか、っていう、つまり、外界から見たら自分がどう見えるかということを逆算して考える視点になっているわけです。それが、中にいるのが人間かどうかを外の視点から探ろうとする、通常のチューリング・テストの場合とは判断根拠が逆さまになって現れていて、そこが面白いなと思いましたね。 |
瀬名 | あと、その次に祐輔が、まあ隔離されちゃうんですね。そこでもまたチューリング・テストみたいなことをやらなくちゃいけなくて、ここにいるのが本当に自分なんだよって言うことを、彼は外に通信で伝えなきゃならない。向こうは機械だと思っているから、なんとかして自分が人間だということを証明しなきゃならない。実は、読んでいる人の脳の中にもチューリング・テスト的な感じが取り込まれていっちゃうという感覚を出したかったんですけどね。櫻井さんもそういう感覚を作品にこめられているのかなと、ちょっと共感しながら観ていたところがあるんですけれども。
「STAND ALONE COMPLEX」の『機械たちの時間』で、タチコマが個性を持ち始めるきっかけというのが、天然オイルだったわけですよね。つまり、外部から与えられていたものです。あれはストーリー上のわかりやすさを求めたのかなというところもあるのですけど、あの辺りに秘めた思いっていうのは何かあるんですか。 |
櫻井 | そうですね、オリジナルとコピーという関連からいったら、一番大きな違いかもしれないのですけども、瀬名さんの作品は瀬名さんのオリジナルであって、僕のは士郎正宗さんの原作「攻殻機動隊」のコピーでシリーズをつくっているということなので、原作の中に天然オイルという外部的な要因が登場している以上は、やはりそれと絡めないと反則であろうという部分があって。士郎さんの着眼点で面白いなと思うのは、普通メカものをやるとき、全部ルックスが違って、例えばガンダムがいて、ニューガンダムがいて、ザクがいてとなるはずなのが、それをやらない。タチコマっていう、おんなじ形のAIが9体いるんですね。外形が全部一緒で、AI(人工知能のこと)も毎回任務が終わるたびに並列化されているから、中身も全部一緒なはずなのに、バトーはその一機だけに搭乗したがるという変なこだわりをもっている。そうすると、なかなか外形的な要因からでは攻められなくなってきて、結局、天然オイルを使っているからこういう変なことが起きたんだ、っていう原作ネタを使いました。 |
瀬名 | タチコマたちが会話をしていく中で、彼らにだんだん個性が出てくるのが僕らにもわかるのですけど、脚本を書く時にそれぞれの、何て言うんでしょうか、重みづけというか、そういうのはどの辺で苦労したのですか。 |
櫻井 | すごく色々な人の手を通して生まれるものなので、声優をやってくださっている玉川紗己子さん… |
瀬名 | 声の質もやっぱりちょっと変わっていますよね。 |
櫻井 | そうですね。玉川さんの個人的な技量というところにかなり負っている部分があって。脚本上では一応そのウェイトを置くんですけど、たとえばこいつは本好きだとか、 |
瀬名 | 「アルジャーノン」を読んでいるんですよね。 |
櫻井 | 「アルジャーノン」にはしたくなかったのですけれども…これはあんまり言っちゃいけない(笑) |
瀬名 | (笑) |
櫻井 | でも「アルジャーノン」っていうのはある種のメタファーとしてはすごくわかりやすい本でだと思うので、最終的にはあの本にしてすごく良かったなって思うんです。「攻殻機動隊」の映画版の英語吹き替えが、アメリカででているのですけど、そちらではタチコマ役の声優さんが4人いらっしゃるのですよ。似た様な声、あの電気的な声なのだけれども、全部違うのですよ。 |
瀬名 | そうなんですか。 |
櫻井 | ぱっと聞いた感じだと同じ人が頑張ってやっているのかなって思うんだけど、実は4人いる。それでやっぱり、日本の声優さんの個人的なテクニックがいかに高いか、っていうのを改めて思い知ります。そうですね、タチコマの性格づけということでいえば、本好きな奴と、ちょっととろそうな奴とデフォルトの奴とあと、もうひとり位いるんですけどね、大体4、5人おおまかに分散して書き分けてはいるんです。 |
瀬名 | なるほどね。 |
櫻井 | 現場で玉川さんがすごく頑張ってくださってる。 |
瀬名 | あとタチコマっていうのは機械なので、ゴーストがないということになっているのですよね。 |
櫻井 | そうですね。 |
瀬名 | そして本人達もゴーストが無いからまあバトーさんとは違うよね、みたいな話をしますよね。ゴーストというのが結局、機械と人間(まあサイボーグですけど)とを分ける根拠に、「イノセンス」の世界観、「攻殻機動隊」の世界観ではなっています。あのゴーストというのをどういう風に櫻井さん達が考えているのかぜひ知りたい。イノセンスでは「ゴースト・イン・ザ・シェル」というタイトルでしたね。あれは「ザ・ゴースト・イン・ザ・マシーン」(機械の中の幽霊)から取っているのですよね。 |
櫻井 | ケストラーの。 |
瀬名 | アーサー・ケストラーという人と、あとギルバート・ライルという人がいて、ギルバート・ライルは哲学者なのですけれども、彼が「心の概念」という本を書いていて、その中では、機械の中の幽霊っていうものがあるように皆は思ってしまうんだけど、実はそういうことは誤りなのだよという話をしている。つまりゴーストという言葉を出しながら、それを否定しているんです。ゴーストというのを士郎さんがお使いになって、それが映画とアニメの方にも出て来ているわけなのですけれども、あのゴーストっていうのは脚本の人たち、押井さんたちの間ではどういう風な捕らえ方をしているのでしょうか。 |
櫻井 | これもやはり士郎さんの原作にある設定で、色々と解釈があると思うんです。色々な風に解釈してしまって良いと、士郎さんも思われていると思うんですよね。それで、実は今度「攻殻機動隊」のプロダクションノートという本が7月の終わりにでるんですけど、その中で『タチコマの家出』の初稿と、神山さんの指示で書き直した最終バージョンが両方載るのですけれども、その初稿の方にはタチコマと少女が喋っているシーンっていうのがあって、「タチコマ、あんたにはゴーストが無いのよね?」「無いよ。」「ゴーストが無いのってどういう気分?」「別に普通なんだけど。じゃあ逆にゴーストがあるのってどういう気分なの?」「別に普通なんだけど。」 |
瀬名 | (笑) |
準備中